好きって言って
「好きなひとが、いるんです」
受付所を出てアカデミーに向かう途中、何を読み誤ったか誰かの告白現場に遭遇してしまった。
思わず気配を消して壁に張り付いたけど、忍としての性かはたまた俺の野次馬根性が発揮されたのか。
さっさと踵を返せばいいものの、足は地面にくっついてしまったかのようにピクリとも動かない。
丁重にお断りしているその声が俺のよく知ったひとのもので、尚且つ『好きなひとがいる』というその声色が、もの凄く甘くて優しくて仄かに熱っぽかったから。
彼はあんな声も出すひとなんだと、少し吃驚してしまった。
「俺は諦めが悪い方なんで、そのひとにフラれたとしても諦めきれないと思うんです」
意外だなぁ。ダメならダメで、あっさり引き下がるタイプかと思ったのに。
「だから、」
「わかった。時間取らせてゴメンね」
たたた、と走り去って行く気配は、彼に告白していた女性のものだろう。
あっさり、というか、声の調子からどちらも淡々としているな。というのが俺の感想だった。
「盗み聞きとは良いご趣味ですね、カカシ先生」
先のやり取りをぼんやりと反芻していた俺は、不意に真横から掛けられた声にギョッとする。
「俺にそんな高尚な趣味はありませんよ。たまたまです、たまたま」
「はは、冗談です。道塞いじゃってすみませんでした」
「いやいや、ホントたまたまだったんで…。ま、珍しいモノ見せてもらったかなーなんて」
「告白なんて、カカシ先生には珍しくもなんともないでしょう?」
言いながら、告白を受けていた彼―イルカ先生―は、俺の横に並んで壁に背を預けた。
「はあ、まあ、そうですかね…うん」
何故か知らないが俺はモテる、部類に入るらしい。
確かによく知らない女性から告白される事もままあるけれど。
俺としては、今、俺の横にいる彼から告白されたいなぁなんて思っているワケで。
でも、イルカ先生には想い人がいるらしいから。
俺の彼に対しての不埒な想いは、墓まで持って行こうとついさっき決めたのだ。
「そこは謙遜して欲しかったです。立つ瀬がないですよ、俺みたいなフツーの男としては」
「えー?イルカ先生だって、さっき告白されてたじゃないですか。結構モテるんでしょ?」
「んー、俺、意中の相手にモテなきゃ意味無いって、そう思うんですよね」
「同意します」
真面目くさって応えた俺にイルカ先生は歯を見せて笑った。
ああ、笑顔がかわいい。
「カカシ先生は、いらっしゃらないんですか?」
「へ?何が?」
「好きなひとです。聞いてらしたでしょう?さっき俺が断ってた時に言ってた事」
「あー……えぇっと、いますよ。好きなひと」
しどろもどろに答えた俺の喉まで、『それはアナタです』という言葉が出掛かって、慌てて飲み込む。
一体、イルカ先生はどういうつもりでそんな事を訊くんだろう?
何だか少し、期待してしまう。
「へぇ…告白はされないんですか?」
いや、今すぐにでもしたいですけどね。
さっき墓まで持って行くって決めたし、それに、
「俺ね、こう見えて打たれ弱いんです。イルカ先生みたいに『フラれても諦めない』なんて言えないですから」
「あ、あれは、断り文句です!俺だってフラれてもずっと諦めないだなんて…きっと、無理です。…俺の好きなひとは凄く優しいひとなんで、多分、これまで通りに俺と話したり食事したりして下さるとは思うんですけど」
「年上なの?それとも階級が上?」
「え?」
「下さる、なんて。畏まってるから」
「どっちもです。年上で、階級も上で、優しいひとです」
イルカ先生はとろけそうな笑顔を浮かべて、ほんのりと頬を染めた。
いいなぁ。彼にこんな顔をさせる、彼の想い人。
少し、妬ましい。
「あっ、俺ばっかりじゃなくて、カカシ先生の好きなひとの事も聞かせて下さいよ。俺だけズルいです!」
ああもう、ズルいのはアナタです。
そんなの訊いてどうするってのよ。
「俺の好きなひとはね…俺が告白したら困るんじゃないかな。優しいひとなんだけど…多分、俺の事を避ける気がする。顔に出やすいひとだし、世間の目が気になると思うんですよねぇ、すごく真面目だから」
「一般のひとですか?」
「いいえ、同業者です」
「顔に出やすいって…忍として致命的な気が…」
「うん。でも、そこも好きなんです。俺はね、そのひとの色んな顔が見たい」
「…いいなぁ」
「え?」
「俺だったら、カカシ先生に告白されても困らないし、避けたりしません」
「…嘘でしょ?」
「嘘じゃないです。だってきっと、凄く嬉しい。カカシ先生、今すごく優しい顔してますよ。そんな顔させられるぐらい好きでいてもらってるんですよね、そのひと」
そう言いながら、イルカ先生の眉は困ったように八の字に下がった。
あれ?泣きそう?コレって、もしかしたらもしかする?
「ホントに困らない?避けたりしない?」
「はい」
「…好きです」
「…えっ!?」
「俺はね、イルカ先生、アナタが好き。ずっと前から好きでした」
壁にもたれたまま、横にあったイルカ先生の手をギュッと握る。
逃がさないように、ギュッと。
顔を見てなんて、とても言えなかった。
「カ、カカシさん…」
「うん」
「すみません…さっきの言葉、撤回させて下さい。俺…」
「ん、謝らないで下さい。…やっぱり困るよね」
手を振り解かれはしなかった。
けれど、彼の声も指先も小さく震えていて、それが拒絶のようで。
ああ、失恋したんだなぁなんて。
「すみません、俺、すごく嬉しいです。嬉しくて…その…困ってます、」
「…へ?」
「嬉しくて困るなんて、生まれて初めてで…」
思わず彼の顔を見つめた俺の視線を避けるようにそらされたイルカ先生の耳は、真っ赤になっていた。
end
言えない気持ち。
好きって言って イルカサイド
たたた、と走り去っていく華奢な後ろ姿を見送って、踵を返した俺の目に映ったのは壁からちらりと覗く銀髪だった。
まいったな、と頬を掻く。
風もないのに流されるように一方向を向いたその髪は、俺のよく知っているひとの物に違いない。
ついさっき、同僚に告白された。
好きなひとがいるから。
俺はそのひとの事が好きだから。
フラれても諦めきれないから。
そう言って断った告白を、あろうことか好きなひと本人に聞かれるだなんて。
壁の向こう側にいる俺の想い人―カカシさん―は、俺が見ている事には気付いていないのだろう。
銀の毛先だけが、築年数を感じさせるくすんだアカデミー校舎の壁からふわふわと覗いている。
里屈指の忍で(いつからいたのか知らないが)全く気配を感じさせる事なくそこにいられるひと。
一見冷たそうに見えるくせに、一旦懐に入れた人間、仲間と認めた人間にはとことん優しいひと。
内勤で中忍、取り立てて目立った功績もない俺にも分け隔てなく接してくれるひと。
三代目やアスマさん、顔見知りで付き合いの長い上忍は多々いれども、俺の『他人との距離の取り方』の中で『階級差』は何より一番に上がる必須項目。
自分を卑下するわけではないけれど、俺は里の中では至って凡庸で、平均的な忍だ。
アカデミーや受付所では、まだいい。
『教師』『受付担当』そんな仮面で自分を覆えるから。
里の中での職務に付いている間は、際立った個性や実力など求められない。
出来る範囲の事を、与えられた時間でやり終える。
勿論、出来る範囲の事といっても、アカデミーの子供達は一筋縄ではいかないし、受付所を訪れる忍達だって曲者揃いだ。
けれど、戦忍として里外に出る者達と違って自身の命の危機に陥る事態にはまずならない、里でも珍しい特異体質でも血継限界の血筋というワケでもないから、余計なプレッシャーは感じないでいられる。
端的に言えば『楽』なのだ。
業務に追われながらも、箱庭のような里の中で安穏と生活をしている。
恐らく、一握りの忍以外は俺と同じようなものだろう。
今の仕事に不満があるわけじゃない。
里が好き、子供達が好き。
忍という職には時たま疑問も抱くけれど、両親が忍として殉職した事も含めて、自分が忍である事を誇りに思う。
それでも時々、不安になる。
俺は死ぬまで『このまま』なんじゃないか?。
ナルト達が無事にアカデミーを卒業して、下忍になった。
子供達を送り出した後は、晴れ晴れしい気持ちと相俟って、不思議と気分が落ち込む。
そんな矢先、ナルト達の上忍師になったカカシさんに飲みに誘われた。
(高名な里の誉が目の前にいて、俺を誘っている)
その事実だけでガチガチになってしまった俺の手を、カカシさんは何の気負いもなく引いた。
それだけ、ただそれだけで。
俺はカカシさんに落とされてしまったのだ。
知り合って間もないカカシさんに、自分でも信じられないぐらい心を開いて話をして。
こんなつまらない男のつまらない話に、カカシさんはうんうん。と頷いてくれた。
人恋しさもあったのかも知れない。
漠然と押し寄せる不安や、いつも以上に可愛がっていた教え子達を巣立たせた、その寂しさもあったのかも知れない。
でもそれでも、俺は間違いなくカカシさんに恋をした。
例えあの日、俺を飲みに誘ったのが仲の良い同僚や、兄のように慕っているアスマさん、ほんの少しだけいいなと思っていたくのいちだったとしても、ここまで心奪われる事はなかったと思う。
カカシさんだから。
老成した大人のように見えて、時折ちらりと覗かせる稚気。
子供っぽく拗ねてみせた後に、達観した大人の男としての顔を見せるカカシさん。
そんなギャップを見る度に、俺はますます彼を好きなった。
そんな顔、俺以外にも見せているに決まっているのに。
そう思う反面、俺以外には見せていないかも知れないだなんて甘い幻想も胸を掠めて。
甘くて、けれども苦い恋。
想いを伝えようだなんて、そんなつもりはなかった。
フラれても諦めない。なんてのはお為ごかしだ。
失恋の痛みなら、嫌になる程知ってはいるけど。
こんなにも誰かひとりを想った事はなかったから。
もしも俺が、死ぬまで『このまま』なら。
この想いを抱いたまま死ねるなら。
それはそれで構わないかも知れない。
だから、俺はこの恋が壊れてしまわないように、精一杯いつも通りに振る舞う。
「盗み聞きとは良いご趣味ですね、カカシ先生」
そっと踏み出して声を掛けた俺を、カカシさんは上忍とは思えないギョッとした表情で見返した。
end
贖罪・前編
『朝チュン』なんて言葉を知ったのは、サクラが読んでいた少女漫画から。
『イチャパラシリーズばっかりじゃなくて、たまには違うのもどうですか?』
なんて、最近木ノ葉の若い女の子達の間で流行っているという漫画を貸してもらったのだ(正確には有無を言わさず押し付けられたんだけど)
ナルトの修行中、たまには趣向を変えてみるのもいいかと借りた本を開いてみた。
ちらりと表紙を見たヤマトが何ともいえない目をしていたけど、それはこの際無視。
(お前はしっかりナルトを見てなさーいよ)
それにしてもアレだ。
最近の少女漫画ってのは、どうにも過激だねぇ。
絵は綺麗だけど、内容もなんだかイチャパラと大差ないぐらい普通に性描写があるし…サクラも大人になったんだなぁ…というか、女の子の方が色々とマセてるし、こういうものなのかな。
昔、リンが読んでた漫画とはエラい違いだ(そういやリンにも押し付けられて無理矢理読まされたっけ)
ま、内容云々は置いといてとりあえず、だ。
朝チュンなんて漫画やドラマだけの話。
記憶がなくなる程酒を飲む事はないし、自分には関係ないことだと思っていた。
…のに、
目覚めてみれば、スズメがチュンチュン。
横を見れば、こんもりと盛り上がった布団。
そこからちらりと覗くのは誰かの頭で、すうすうと心地良さそうな寝息と、それに合わせて上下する肩。
ちなみに俺はパンツ一丁(ハート柄)
辺りを見回したら一応俺の部屋だった(一安心)
ついでに、昨夜の記憶は、ない。
…朝チュン?
(えぇえぇぇっ!!?)
俺はパンツの中を確認して、慌ててベッドを飛び降りた。
すぐさまゴミ箱を覗き込む。
何の確認って、そりゃアレだよアレ(避妊具ね)
避妊は大事だ。
俺はまだ子供が欲しいと思わない(大体、俺がまともな親になれるとは思えないし)
他人の人生に責任が取れるほどデキた人間でもないのだ。
相手の顔より何よりゴムを使ったかどうかが心配だなんて、我ながらどうかなぁと思うけど。
パニくっていたのだから勘弁してほしい。
ゴミ箱には、ティッシュと一緒に口を縛ったコンドームが入っていた(使用後は使用後だけど、再び一安心。記憶はなくても避妊はしていたようだ)
一息ついてベッドに腰掛け、頭を掻き毟る。
えー…ちょっと待ってよ?
昨日はナルトの修業に付き合ってヤマトと晩飯食った後に一杯やってたら特上の連中が合流して…。
酔いに任せて脱ぎ出したライドウそっちのけで、ゲンマとヤマトが小芝居を始めて…。
『ゲンマ博士!』
『んん?何かねヤマトくん』
『カカシ先輩がお持ち帰りする女性の傾向についてなんですが』
『それは興味深い。君の見解を聞かせてもらおうじゃないか』
『ハイ!最近の先輩は、長い黒髪に、可愛らしい笑顔の女性を主なターゲットとしているようです。僕が思うに、どなたかと重ね合わせているのではないかと』
『ほう…それはそれは、』
ニヤリと笑って俺を見たゲンマとヤマトに嫌な予感がして、俺は廊下に逃げ出した。
避難場所に駆け込んだトイレで見知った顔を見つけて声を掛けた。
その相手は、実は密かに想いを寄せているイルカ先生だったからほんの少し浮かれてしまったのだけど。
『今日は合コンなんです』
イルカ先生の楽しそうな笑顔と弾んだ声に急転直下。
頑張って下さいねー。なんて心にもないエールを送って、自分の座敷に戻って自棄酒して。
自棄酒して……それから?
……記憶が、ない。
ああ、どうしよう。
すっぱりさっぱり記憶がないなんて、忍失格、人間失格だ。
こんなだから里ボケだの色ボケだの言われるんだろうか(里ボケは兎も角、色ボケってヒドくない?)
何より、相手が起きてからどうしていいのかがわからない。
ヤマトの言う通り、最近お持ち帰りさせていただいてる女性は(勿論同意の上で)黒髪に笑顔の可愛い、少し控え目なタイプばかりだけど。
旅行者とかその道のプロとか、後腐れなさそうな(ごめんなさい)ひとばかりを選んでいたから、これという揉め事もなかった。
記憶があるまでの間に俺達の座敷に女性はいなかったから、その後特上の誰かが呼んだのだろうか?
だとしたら同業者って線こそなさそうだけど、それにしたって誰かと何かしら繋がりのある人間に違いない。
ややこしい事になったら困るなぁ…。
「うー…」
そんな失礼な事を考えていたら、俺の背後で謎の人物がモゾリと動いた。
首だけを曲げて見ると、やっぱりあのひとと同じ黒髪。
肩は結構しっかりと、…しっかりっていうか、ゴツい。
…ゴツい?
声も心なしか低かった。
しかも、聞き慣れた声のような…。
ザアッと血の気が引く。
まさか、まさか…。
「うぅん…」
ゴロリと寝返りを打ったそのひとの顔を見て、俺は気を失いそうになった。
だって…そんな!有り得ない!
イルカ先生だなんて!
とりあえず頬を四方八方力の限りつねって、深呼吸してみた(痛みを全く感じなかったのはアドレナリンの所為、そうに違いない)
此方の気持ちなんかお構いなしでスヤスヤ眠るイルカ先生(多分本物)に近付いて、じっと観察してみる。
……多分どころじゃない、紛れもなく本物だ。
だって、チャクラがイルカ先生だもの!俺がイルカ先生のチャクラを間違えるワケがないからね!
何よりショックだったのは、ホントに、一切昨日の事を覚えていない事だ。
どうして覚えてないんだろう?
大体、合コンだと張り切っていたイルカ先生が俺にお持ち帰りされているこの状態が、さっぱりわからない。
経緯は?どっちから誘ったの?ていうか、合コンは?
それにしても、寝てても可愛いな…。
というか、首筋にキスマークらしきものが…えっ!?アレ俺がつけたの!?
全く覚えていない。
写輪眼使い過ぎて、目だけじゃなくて頭もダメになりかけてるんだろうか(ちょっとオビトを恨んだ。ごめん、オビト)
ああ悔しい!!
きっと、夢のような、めくるめく一夜だったに違いないのに!
何より大事な記念日になる筈だったのに!
…それにしても起きませんね、イルカ先生。
お疲れですか、昨晩の俺はそんなに頑張ったんですかハッスルですか。
んー、柔らかそうなほっぺたしちゃって…チューしちゃおうかな…いいかな、いいよね?
一晩を共にした仲だもの、ほっぺにチューぐらい…。
「んん…もう朝…?」
「ひぎゃッ!?」
頬まで数ミリという所でパカリと目が開いて、俺は瞬間的にのけぞった。
腰から変な音がしたけど、それもこの際無視(痛みを感じなかったのはアドレナ…以下略)
「カカシ…さん?」
「はいっ!?おはようございます!」
「おはよう…ございます…?………っ!?」
ぼんやり俺の顔を見ていたイルカ先生は、目線だけをあちこちに動かした後、ボッと音がしそうなほど真っ赤になった。
ああ可愛い!
だから、なんで覚えてないのよ昨日の俺!
贖罪・後編
「えーっとですね…」
朝の挨拶はしてしまった。
さて、何と言うべきだろう?
『昨日のアナタは素敵でした』
…覚えてないのに?嘘はダメだ。
『すみません、俺全然覚えてないんですけど、やっちゃったんですか』
…これはまず間違いなく殴られる。
心証も悪くなるから、却下。
『昨晩の事は覚えてないんですけど、俺は前からアナタが好きだったので嬉しいです』
少しはマシな気がする。
嘘もついてない。
でも、好きってところがいかにも後付けっぽくて嘘だと思われそうだ。
まず、覚えてないって時点でアウトだよね…。
どうしよう、こんな時どうしたらいいんですかミナト先生!
「あの、」
「はいっ!」
布団を頭から被ったイルカ先生は、顔だけを出して此方を見ている。
かわいい…ッ!
「あの、昨日は…」
「すみません!こんなになっちゃってますけど、俺、全然覚えてないんです!ごめんなさい!」
ベッドに乗り上げて土下座した。
謝り倒す。もうこれしかない。
誠心誠意謝れば、イルカ先生は許してくれるはずだ!
「あ、頭を上げて下さい。その、俺…」
「ひととして最低だと思うけど、ホントにごめんなさい。俺、責任取って…」
…どうすんの?
この場合の責任の取り方って何?
「あのっ、いいんです!だって俺…」
あ、イルカ先生、声ガラガラ。
どんだけ喘いだんですか、つか、どんだけ頑張ったの俺!
「俺、嬉しかったんで…」
え…?
「俺、初めてだったんです。でも、カカシさんが上手くリードして下さって…何て言うか、すごく気持ち良かったんで…」
初めて!?
リード!?
気持ち良かっ……!?
「あああああの!イルカ先生!」
「カカシさん、すごく素敵でした。また、お願いしてもいいですか…?」
「よ、喜んで!」
何なら今からでも!
「厚かましいんですけど…次は、俺が下でいいですか…?」
イルカ先生って意外と積極的…って、
次、は、俺、が、下?
え、ちょっと待って、何、意味わかんない。
「あの…つかぬ事をお伺いしますが、昨日は俺が下…だったんですか?」
訊くのが怖い、でもこれは、何が何でも訊いておかねば!
「はい!俺が迷ってたら、カカシさんが『俺が下でいい』って言って下さって」
ニコニコ笑うイルカ先生に、眩暈がした。
「…嘘でしょ?」
「嘘じゃありません!俺、頑張りましたもん!」
嘘だぁ!
だってだって!俺、ケツ全然痛くないし!
「ダメです!」
「…はい?」
「今後一生、俺が上なの!イルカ先生は下!昨日のは無し!忘れて下さい!」
「そんな…忘れろなんてヒドいですカカシさん!」
イルカ先生は、布団に顔をうずめてしまった。
小刻みに震える肩。
もしかして、泣かせてしまった?
どうしよう、ホント最悪だ俺。
「…ごめんなさい」
「…ぶっ、くくく…!」
へ…?何…?もしかして、笑ってる?
「ぶはははは!ちょっとカカシさん!何ですかその声…っ…!情けな…っ!」
「テッテレー!」
イルカ先生が布団から笑い転げ出ると同時に、部屋のドアが開いた。
ゲンマに、ライドウに、ヤマト。
手には『ドッキリ大成功』のパネル。
「……………」
「カカシさん?」
「先輩?」
「…………とりあえず、三人ともソコ動かないでくれる?」
万華鏡写輪眼、使ってもいいよね?
腐っても特別上忍と暗部。
あとちょっとという所で逃げられた。
まっ、万華鏡写輪眼は発動に少し時間が掛かるし、チャクラの消費も激しいから。
綱手様にチクられても面倒くさいし、邪魔者を追い払えただけでも良しとしよう。
問題は…
「す、すみません。悪ふざけが過ぎました!カカシさん…怒ってます…よね?」
俺の殺気にあてられて、布団を被ったまま正座して震えているイルカ先生。
さて、どうしてやろうか。
「説明、してもらえますよね?」
これ以上怖がらせたくないからにっこり笑って、でも、有無を言わさずといった声音で詰め寄る。
「昨日…ゲンマさん達が合コン会場に乱入してきたんです」
当然、合コンは台無し。
解散になったものの、イルカ先生はゲンマ達に連行されて二軒三軒と連れ回されたらしい。
「俺も居た…よね?勿論」
俺は、一軒目の途中から記憶がない。
「はい。カカシさん、すごく荒れてたそうで…ヤマトさんが一服盛ったって言ってました」
テンゾウめ、明日覚えてなさいよ。
「で、何がどうなってこうなってんですか?アナタも加担したんデショ?」
「それは…」
俺を嵌める為とはいえ(実際にヤッてないとしても)同衾までしたのだ。
「合コンがムチャクチャになった腹いせにしちゃ、ヒドくないですか?真面目なアナタが。アイツらに乗せられたにしても…」
俺の心は確実に弄ばれたのだ、他ならぬイルカ先生に!
「すみません。ゲンマさん達が楽しそうでつい…」
「ご丁寧にキスマークやらコンドームまで仕込んじゃって。無駄に手が込んでるし。大体それ、どうしたの?」
首筋のキスマークを指差すと、イルカ先生ははにかんで笑った。
「あ、コレはヤマトさんが…」
ハイ、ヤマト死刑決ッ定!
私刑で死刑だ。
「さっきの台詞にしたって何ですか。次は下がいいのなんのって…舞い上がった俺が馬鹿みたいじゃない」
ホント、ひとりで浮き沈みして、馬鹿みたい。
「あれはカラオケの事です!昨日、デュエットしたんですよ?」
「……カラオケ…」
「俺、初めて歌う曲だったのにカカシさんがリードして下さって。あんなに気持ち良く歌えたのは初めてでした!」
成る程、上は高音、下は低音って意味だったワケね。
……言葉って、怖い。
少し足りないだけで、大変な事になる。
身を持って知ったから、今から実践する事にしよう。
「あのね、イルカ先生」
「は、はいっ!」
「俺はすーごく傷付いて、尚且つすーごく怒っているワケです」
「はい…すみませんでした…」
「俺はね、前からアナタが好きで、いつかこうなれたらって思ってたの」
「は…はいっ!?ああああのっ、それってどういう…」
「ひとの話は、黙って最後まで聞く!」
「はいっ!」
「順番間違ったうえに覚えてなくてもね、ついに念願叶っちゃったかーって浮かれてたワケですよ」
「…はい」
「そうしたらコレでしょ?これがドッキリだなんて、ヒド過ぎると思いませんか?」
「はい……」
「だからね、責任、取って下さいね?」
にっこり、食らえ上忍スマイル。
「せ、責任って…」
「俺を謀かった罪は重いですよー?」
「つつつ、罪って、大袈裟過ぎやしませんか!?」
「そんな事ないです。ひとの心を弄ぶのは、重罪です」
じりじり後退りするイルカ先生に、ぐいぐい詰め寄る。
後ろは壁、逃げ場はありませんよ。
「一生掛けて、償って下さいね」
世の中には『嘘から出た誠』なんて言葉もあるのだ。
『ドッキリから始まる恋』ってのもいいんじゃないですか?
多少強引でも、ね。
end
バレンタインデー・前編
最近、やけに街中がピンク色だなぁと思っていたある日の朝。
アカデミー自体は休みだけれど、どうしても片付けておきたい雑務を思い出して出勤の準備をしていた時だった。
小さなノックの音。
そういえばインターホンの電池切れてたっけと思いながら、蛇口を捻りタオルで顔を拭きながら扉を開けた。
「おはようございます!」
声を揃えてそう言ったのはサクラといので、二人の後ろではヒナタがこっそりと頭を下げる。
「おはよう。どうした?みんな揃って」
「アカデミーの調理室、貸して下さい!」
「…ん?何かあるのか?」
「やだぁイルカ先生!明日はバレンタインですよー?」
成る程、見ればサクラ達の手には街で見かけたようなピンク色の包装紙や何かが入った袋が抱えられている。
「手作りかぁ」
子供でもしっかり『女』なんだなと、妙に感心してしまった。
「どのみち俺も出勤だからいいけど…なんでわざわざアカデミーなんだ?」
「ヒナタんちはお父さんが怖いし…サクラの家はキッチンが狭いのよねー」
「いの、うっさい。アンタんちだって大して変わらないでしょ!」
「うちは花屋よ?チョコの匂いで商品がダメになるじゃなーい。それに、うちで作ってたらパパの期待に満ちた目が鬱陶しいの何のって!」
はは、女三人寄れば喧しいって云うけど、サクラといのは二人居れば充分だな。
いのいちさんの期待に満ちた眼差しを想像して、不覚にも吹き出してしまった。
「あ、あの…」
「ん?」
「アカデミーの調理室なら広いし……使い慣れてるから……」
「そうそう!広いし、少しぐらい騒いでも大丈夫かなーって思ったんですけど…」
『ダメですか?お願い先生!』なんて見つめられると、ダメだなんて言えるワケがない(言う気もないけど)
ちょっと待ってろと伝えて額当てとベスト、ポーチを掴む。
家の鍵を閉めて、既に歩き出した三人のあとをついて行きながら、数日前から任務でいないあのひとの事を考えた。
『付き合って最初の年ぐらいは、恋人らしいイベントをきちんとやりたいです』
真冬の屋台で、不意に告げられたカカシさんからの告白にビックリしながらも頷いた翌日(屋台の店主は苦笑いしながらも祝福してくれた)
俺をアカデミーに迎えに来たカカシさんと連れ立って、晩飯の材料を調達にスーパーに入った時だった。
クリスマス仕様の赤と緑に縁取られた店内をうろついていたら、カカシさんが不意にそんな事を言い出したのだ。
『今でこそ上忍師やってるお陰で長いこと里に居られるけど…実はこれまでそういった行事に縁がなくて』
照れくさそうに頭を掻くカカシさんを、かわいいひとだなぁと思った。
俺は元々、恋人同士のイベント事にはあまり興味が無い方だ(長いこと恋人がいなかった所為もある)
辛うじてそれらしい事をするのは、盆や正月、アカデミーの行事ぐらいなもので。
『…ダメですかね?』
『いえ。俺もカカシさんとは理由が違いますが、これまで縁がなかったので。不慣れだからどうなるかわかりませんけど…』
それでも良かったら。というと、カカシさんは物凄く嬉しそうに笑った。
つられて俺も笑って、二人でニヤニヤしながら買い物をして家に帰ったのだ。
それからクリスマスイブ、クリスマス、大掃除に大晦日。
年が明けて、元旦、初詣、七草粥に鏡開き。
成人式は流石に参加出来る歳でもないから、二人で飲み明かして。
ついこの間節分が終わって、それからバタバタ忙しくなって…。
気付けばバレンタインか。
バレンタイン…バレンタインなぁ…。
カカシさんは甘い物好きじゃないし、この場合はどうしたらいいんだろう?
どうにも『女の子がチョコレートをあげる日』という概念が拭えない。
アカデミーの職員室でも義理チョコが配布されて、職員の中で人気のある女性教員から『いつもお世話になってます』なんて義理丸出しのチョコレートをもらって狂喜乱舞する同僚を生暖かい目で見守るのがここ数年の俺の定例だったし。
義理とはいえ、数が重なると大変なんだよな。
保護者や近所の奥さん達から『イルカ先生チョコどうぞ~』なんて軽くもらっても、お返しはしなきゃだし。
そういえば、事務のおばちゃんがお徳用大袋入りの一口チョコレートをバラバラ配ってるのを見て、ホワイトデーのお返しに同じような事して女性教員から総スカン喰らった同僚もいたっけ。
義理とか止めてほしいよなぁ…貰えなきゃ貰えないでヘコむけど、毎年義理ばかりってのもどうにも…。
「イルカ先生!鍵開けて下さい」
「早く早く!」
「ん、ああ、悪い悪い」
アカデミーに着くと、サクラ達と同じような事を考えた子達がいたのだろう。
職員室の前で年配の教員と押し問答をしていた。
『火の取り扱いをするから責任が…監督者がいないと…』なんて言葉にがっくりと肩を落とす女の子達を見ていられなくて、監督を申し出た。
俺は書類をまとめるだけだから、職員室でやろうが調理室でやろうがどっちでも構わないのだ。
「くれぐれも気を付けるように!あんまり散らかすなよ?」
はーい!と返事しながらも、我先にと調理室に駆け込む彼女達は、多分ちゃんと聞いていないのだろう。
あちこちでキャアキャアいう声が上がって、室内は異様なテンションだ。
「くのいち担当はいつもこんななのか…」
やれやれと調理室の隅にある机にファイルを置いて、自分の仕事に取り掛かる。
バレンタイン、どうしたもんかなぁ。
カカシさんは、多分凄く喜んでくれると思う。
愛の告白なんて感じじゃなくて、本命だけど『いつもお世話になってます』ってニュアンスで軽く渡してみたらどうだろう?
いや、まずこの時期にチョコレートを買うのが恥ずかしいな。
道すがらサクラ達が逆チョコだなんだと言っていたから余計に恥ずかしい。
やらなきゃやらないで、行事をやりましょう。と言った約束を破ることになるし…。
「うーん…」
「イルカ先生、試食お願いします!」
色々考えていたら、結構な時間が経過していたらしい。
片付けを始めている子もいて、華やいだ雰囲気と共に甘ったるい匂いが充満していた。
「どれどれ……うん。美味いよ」
「わっ!本当ですか!?」
「ああ、これならシカマルも喜ぶんじゃないかな」
「えっ!?あんたシカマルにあげるの!?さっき違うって言ってたじゃん!」
「違っ、ちょっとイルカ先生!なんで言っちゃうんですか!ていうか、なんで知ってんの!?」
「ゴメンゴメン。君ら見てたら大体わかるんだよ。だてに長く先生やってないからなぁ」
やだもう!と言いながら駆けていった生徒と入れ違いに、じゃあ私の好きなひとはわかりますか?これも試食して下さい!と女の子達が集まって、机の周りは大騒ぎになる。
「ちょっと待った!ひとりで一気に食べたら胸焼けしそうだから…」
校内用の小さな式で、職員室で暇しているであろう同僚達を呼び出すことにした。
バレンタインデー・後編
結局、校内に居る人間が集まっての大試食会になってしまった。
女性教員の中にも、ついでだから此処で作って今渡しちゃおう。なんてひとや、本命に渡す為の大掛かりなチョコレートケーキを此処で焼いて帰る。なんてひともいて。
誰が連絡したのか人が入れ替わり立ち替わりして、老いも若きも大騒ぎだ。
「みんなイベント事が好きなんだなぁ…」
「平和な証拠だろ」
「まあな、さっき三代目も来てたし」
「あれアンコさんじゃないか?」
「あのひとは渡す側じゃないもんな。試食しに来たんだろ」
まるで、一日早いバレンタインだ。
どうにも甘さの取れない口の中をお茶で漱いでいたら、ヒナタに袖を引かれた。
「あの…イルカ先生…サクラさん達が…」
「?」
呼ばれてサクラ達の調理台に行くと、二人が泣きそうな顔をしていた。
「だからあんまり溶かすなって言ったのに!サクラのバカ!」
「大は小を兼ねるっていうし…足りなくなるよりはいいと思って…」
「どうした?」
「チョコレート溶かし過ぎちゃって…どうしたらいいと思います?」
見れば、バケツ一杯分はありそうな程のチョコレート。
見てるだけで胸焼けしそうだ、よくこんなに溶かしたな全く。
「こりゃ…みんなに使ってもらうしかなさそうだな」
チョコレート使いたい方、足りない方どうぞー!と声を掛けたが、流石に全てはなくなりきらない。
こりゃ外まで声掛けに行かないと。そう思っていたら、さっきまでだべっていた同僚が見かねて『俺も何か作る』と手を上げてくれた。
「お前、チョコ菓子なんか作れるのか?」
「全然。すみませーん!俺は明日はひとつも貰えそうにないので、今から自給自足しようと思います!誰か作り方教えて下さーい!」
大声を上げた同僚に、どっと笑いが湧いた。
普段軽い奴だけど、こういう時は頼りになる。
作り終わった女性教員達が進み出てくれて、それなら俺も。という男性陣がちらほら出てきた。
大試食会が大調理会に。
四苦八苦する同僚達を見ながら、木ノ葉のこういう所が好きなんだよなぁ。と妙にじんわりする。
「イルカ先生は作らないんですか?」
「え、俺は…」
「そうだぞ、お前も作れよ。はたけ上忍に」
「そうよーカカシ先生楽しみにしてるわよー!」
「あの…ラッピングもあるんでよかったら…」
サクラ達と同僚に押し切られて、何故か俺まで作る羽目になってしまった。
公言したワケじゃないのに、いつの間にか俺とカカシさんがそういう仲になっているのが知られていて、何とも言えない心持ちになる。
まあ、受付所だろうが何処だろうが、人目を憚らず愛を囁くカカシさんを見ていたらバレもするだろうけど。
作るといったって、ただ丸めてココアパウダーをかけただけのシンプルなトリュフ。
如何にもバレンタインな包装は遠慮して、無地の白い箱と、控え目な和紙に包んだそれを、崩れないようそっと鞄に入れた。
買いに行かずに済んだ(予期せずして手作りになってしまったけど)
片付けが済み、誰もいなくなった調理室を施錠して、職員室に鍵を返しに行く。
チョコレートを用意したって、次の問題は渡し方なんだよなぁ。
今日辺りカカシさんが帰って来るだろう。
任務が終わったら俺の家に直行して来るだろうから、下手にコソコソ隠して明日渡すよりは、今日のうちに渡してしまった方が楽かも知れない。
家でなら、二人だけだし…。
「ただいま。イルカ先生」
ガラリと職員室の扉を開けると、俺の机にカカシさんが座っていた。
暗黙の了解というか何というか。
皆、既にカカシさんが勝手に職員室に入って来るのは慣れてしまっているので、普段通りに『お疲れ様でしたー』なんて挨拶して帰っていく。
最初の頃は、俺を含めてそれはもうソワソワと浮き足立っていたのだ。
例えるなら、野良犬が授業中教室に入ってきた!かな。
興味ないです。みたいな顔をしていてもチラチラ見たり、露骨に騒いだり。
ズカズカ入ってきて、ちょこんと俺の横に座るものだから、突き刺さる周りからの好奇の視線に、恥ずかしさのあまり里から逃げ出したいと思ったぐらいだ。
まあそれも最初のうちだけで、イレギュラーな事も何度も続けば当たり前の事になる。
「お、おかえりなさい。お疲れ様でした」
それでも一瞬反応が遅れたのは、鞄の中の物をどうやって渡すか、その算段も整わないうちに渡す相手が現れてしまったからで。
声も少し裏返ってしまったけど、カカシさんは特に気付かなかったようだ。
「何かあったの?アカデミー中甘い匂いがするし、みんな浮かれてるよね」
「明日バレンタインでしょう?サクラ達がチョコレート作りたいっていうから調理室開放したら大変な騒ぎになって」
掻い摘んで説明すると、ははぁ成る程、と納得したように頷いたカカシさんは、ポーチから小さな包みを取り出して机の上に置いた
「義理です。って、さっきサクラ達に貰ったの。言われなくても知ってるよって返したら、三倍返し期待してます。だって、女の子は怖いよねぇ」
「はは、俺は山ほど試食させられましたよ。ちょっと胸焼け気味です」
「ああ…それじゃ、コレはいらないですか?」
スッと差し出されたのは、木ノ葉にはない高級デパートの包装紙に包まれた小さな箱
「え、コレ…」
「明日がバレンタインってのは知ってるけど、明日まで隠しておけそうにないんで」
本命ですよ。と笑うカカシさんに、胸が熱くなる。
ズルいなぁ、俺がどうやって渡そうなんてグズグズ考えてるうちに、サラッと渡すなんて。
「受け取ってくれますよね?」
「当たり前です!…ありがとうございます」
「どう致しまして。…で?」
「で?…とは?」
「イルカ先生もあるんでしょ?隠してないで早く出して。俺にもチョコレート下さい」
ああだから、そういう所がズルいんですってば!
俺が余計に恥ずかしがったりしないように、これが普通の事でしょ?って手を出してくれる。
そんな貴方に、俺がどれだけ助けられてる事か。
「…はい、どうぞ」
「ありがと。凄く嬉しいです」
「貴方には、いつも感謝してます」
「俺もです。言葉では足りないぐらい」
「でもそれは、義理じゃなくて大本命チョコですから」
「知ってますヨ。ね、今開けてもいいですか?」
待ちきれない。カカシさんに尻尾があったら、それはもうせわしなく左右に揺れていることだろう。
想像したら少し可笑しくなって、笑いをこらえて『どうぞ』と返したら、カカシさんはまるで初めてのプレゼントみたいに馬鹿丁寧に包みを剥がすから吹き出してしまった。
「……兵糧丸?」
「トリュフです!」
来年は、ただの板チョコにしよう。
end
ホワイトデー
「白色情人節?」
それ、誰が歌ってる演歌ですか?と続けたイルカ先生に、飲んでいた酒を吹き掛けそうになった。
「ホワイトデーを、そう呼ぶ国もあるんですよ。俺は風情があって好きだなぁと思ったんですけど…演歌ですか…くくっ」
「ひとの作ったチョコを兵糧丸扱いするひとには笑われたくないです」
つんと唇を尖らせたイルカ先生は、皿の上のスルメを指で割いている。
「ゴメンナサイ。だって、そう見えたんだもん」
「なんていうか…お互い、一種の職業病ですよね」
ハイどうぞ。と差し出されたスルメをパクリとくわえると、イルカ先生はにっこり笑った。
先月のバレンタインデーに、イルカ先生からまさかの手作りチョコを貰ってしまった。
顛末を聞くとなし崩し的な感じだったけれど、俺としては本当に嬉しかったのだ。
最初の年くらいはイベント事をきちんとやりたい。なんて、思春期真っ只中の子供みたいな我が侭を、イルカ先生は快く受け入れてくれた。
イルカ先生の性格からして、流石にバレンタインはスルーされるかな。と思って俺はチョコを買ったけど。
任務報告に赴いてみれば受付所には二人しか座っていなくて。
アカデミーに向かってみれば、そこかしこから甘い匂いがするし、やけに女性や女の子が多いし。
もしかして今日がバレンタインだったかな?なんて首を傾げながら職員室に向かうと、廊下でサクラ達に会って『一日早いですけど』とご丁寧に義理だと断ってチョコレートを渡された。
それから少しして職員室にやってきたイルカ先生に、俺が買ったチョコを渡してイルカ先生からチョコを貰って。
大本命です。なんて、今にも押し倒したくなるような台詞を吐いたイルカ先生は、箱を開けて呟いた俺の言葉に三日はへそを曲げたのだ。
「ま、俺も任務明けだったけど…ホントにゴメンナサイ。でも、凄く嬉しかったんですよ?なんたってイルカ先生の『大』本命チョコ…」
「わー!あー!も、もういいです!俺も箱に詰めながら兵糧丸に見えてましたから!いや、丸めてる時点で何かに似てると……手がですね、勝手に兵糧丸サイズに丸めてたんですよ。だから、職業病です職業病!ハイ、この話はおしまい!」
真っ赤になったイルカ先生は、スルメを割いていた手を止めて、チュッとそれを舐めた。
三月に入ってもまだ肌寒くて、早く仕舞わなきゃといいながらなかなか踏ん切りがつかないイルカ先生んちの炬燵に足を突っ込んで、二人で酒を飲んでいる。
色気も何もないですけど。と笑いながら、イルカ先生はバレンタインのお返しです。と俺の好きな日本酒をくれた。
少しバタバタしていた俺はお返しを用意するのをすっかり忘れていて、どうしよう。と焦る俺に、彼は『アレでいいです』と乾物屋に吊されていた大きなスルメを指差したのだ。
ホワイトデーに、日本酒とスルメ。
イルカ先生の言う通り、色気も何もあったものじゃないけど、俺は充分幸せだ。
「スルメは縁起物だもんね」
「そうですね、旨いし。結納なんかにも用いるし、日持ちの良い食品だから末永く幸せが続くとか言われて……あ、」
「ふぅん?そんなに深く考えて、スルメにしたんだ?」
「違っ…違いますよ?たまたま目について…」
わたわた慌てるイルカ先生が、凄くかわいい。
そんなこと言われたら、炬燵でまったりしてるだけで充分だったのに、欲が出ちゃうじゃない。
炬燵を這い出てイルカ先生の後ろに移動した。
狭いです!の文句を無視して、後ろから抱き締めて炬燵に足を入れる。
「それなら毎年、ホワイトデーにはスルメを贈りましょうね」
肩に顎を乗せて真っ赤になっている耳に向かってそう囁くと、口の中にスルメを突っ込まれた。
end