寂しい時は抱き締めてあげよう・前編

「イルカ先生」

名前を呼ぶと尻尾のように結わえられた髪が翻って、くるりと振り返る。

気配を消して彼の真後ろに立っていた俺を見て、少しビックリした顔。

(ああ、好きだなぁ)

ビックリした顔は一秒も経たない内に眉が下がって、困ったような顔になる。

「もう、カカシさん。ビックリさせないで下さいよ」

そう言う顔は、ビックリも困った顔もしていない。

唇を尖らせて、子供みたいなふくれっ面。

「ごめーんね」

謝る俺に、ニッと歯をみせて途端に悪戯っ子の顔になる。

「飯、何食べます?」

「混ぜご飯とかどう?」

彼の苦手を知っていてワザとそういうと、キュッと眉が寄って憮然とした表情になった

「それなら俺は天麩羅が食べたいなぁ」

「うーわ、天麩羅だけは勘弁して」

「それじゃあ混ぜご飯もナシです」

ころころと笑って、行きましょう。と俺を促す背中に、聞こえないように小さく好きだと呟いた。











イルカ先生が好きだ

いつからかなのかはわからない。

出会って少しして、何故だか一緒に飯を食うようになってから急激に好きだなと思うようになった。

笑う、拗ねる、怒る。

感情を隠すのが下手なのか、時々によってコロコロと表情を変える忍らしからぬひと。

『忍らしくなくたって、楽しい時には笑えばいいし、腹が立ったら怒ればいいんです。これが俺の忍道だって言ったら笑いますか、カカシさん』

『笑いはしませんけどね。アナタは仮にもアカデミーの教師でしょ。ハイ、忍びの心得第二十五項は?』

『忍びの心得?ぜーんぶ忘れちゃいました!今の俺はアカデミーのイルカ先生じゃなくて、カカシさんの友達のうみのイルカですもん』

そう言って笑ったアナタに、俺がどれだけドキドキしたかなんてアナタは知らないんだろうなぁ

『友達』なんて言葉に引っ掛かりを覚えた俺が、考えに考えて出した答えも。

本人に教えようなんて気はさらさらない。

彼が言う『友達』の位置は、すごく居心地がいいから。

俺の前で無邪気に表情を変えるアナタの顔を曇らせたくないから、好きだなんて絶対に口には出来ない。

笑って、拗ねて、怒って。

もっと色んな顔が見たいという欲がないワケじゃない。

俺がまだ見た事の無い表情も、このひとは沢山持っている。

(そういや、泣き顔はまだ見た事がないな…)

見たいと思う反面、彼が涙を流すような事にならなければいいとも思う

「そうだ、カカシさん」

「はい?」

「俺、明日…彼女にプロポーズしようと思うんです」

イルカ先生の言葉に、箸からポロッと里芋が転げ落ちた。

膝の上をバウンドして、定食屋のカウンターの下に消えていったそれを目で追う。

「プ、プロポーズ…?」

「はい!」

俺と同じように里芋を見ていたイルカ先生は、顔を上げるとニッコリ笑った。




イルカ先生に彼女がいるのは知っていた

だからこそ甘んじて『友達』の位置に身を置いていたのだ。

でなければ玉砕覚悟で告白するなり、嫌われるの覚悟で押し倒すなりしている。

確か、付き合って二年だったっけ?

しかも彼女はどっかの国に長期滞在しなきゃいけない任務に着いてるとかで、実質的に一緒に過ごした時間は俺の方が長いぐらいでしょ?

プロポーズって、結婚って、早くないですか?

上手くいかないと思いますよ、ていうか上手くいかなきゃいいのに。

『明日彼女が帰って来るんです』

『指輪も買いました』

『なんて言おうかまだ考えてなくて…今からドキドキしてます』

また俺の見た事のない表情で楽しげに明日の話をするイルカ先生に、頑張ってね。なんてありきたりな事しか言えないまま、俺は冷め切った味噌汁を飲み干した












翌日は朝からやるせなかった。

一日中イライラしてソワソワ、ナルト達が中忍試験を受けていた時の比じゃないぐらい落ち着かなくて、飽きもせずに勝負を仕掛けてきたガイに、思わず全力で相手をしてしまった程だ。

体を動かしてヘトヘトになった俺は、待機所のベンチでぐったり横になってくすぶっていた。

「辛気臭い面してんなァ」

「カビでも生えそうね」

「うるさーいよ」

ひとをつつき回して笑っていたアスマと紅に飲みに誘われたから、ふたつ返事で頷いた。

普段ならこのふたりに誘われたって同席したりしない。

邪魔するほど野暮でもないし、ザルに付き合えるほど酒に強い方でもないからだ。

でも、今日は違う。

飲み潰れでもしなければやってられないじゃないか。

明日にはニコニコ笑って、イルカ先生におめでとうって、言いたくもない祝福を贈らないといけないのだ。












「ホントめっずらし、ねぇカカシ、どうしたのよー?」

「アスマぁ、ちょっとコイツ黙らせてよ。紅って絡み酒?それとも欲求不満なワケ?」

「ンな事オレに訊くな」

だだっ広い座敷の真ん中、ずらりと空けられた酒瓶、食べ残した皿、俺の膝の上には紅が座って俺の髪をツンツンと引っ張っている。

アスマはパカパカ煙草を吸っては消しを繰り返し、じっとりと俺を睨み付けた。

あのね、俺だって好きで乗せてんじゃないの、コイツが勝手に乗ってきてんの。

大方アスマに妬かせたいとかそんなトコなんだろうけどさ。

そんなまどろっこしい事するヒマがあるならさっさと好きだって言っちゃえばいいでしょ。

紅もアスマもさ。

(…って、俺もか)

自嘲気味に笑いをこぼすと、紅が『うわ』と短く言葉を発した。

「何?」

「気持ち悪…」

「余計なお世話」

「違うの、気持ち悪い…吐きそ…」

「えっ!?マジで!?」

口を押さえた紅を、アスマがガッと担ぎ上げた。

「便所行ってくる」

「あ、うん」

お姫様抱っこってやつで紅を抱えてスタスタ座敷を出ていくアスマに口笛を吹いて、ごろりと横になって天井を見上げる。

「なんでかねぇ…」

寂しい時は抱き締めてあげよう・中編

アスマと紅は間違いなく両想いだ。
 
一体何がふたりを邪魔してるんだろう?

見栄とか立場とか?

ふたりとも強情っぱりだからなぁ、もっと素直になればいいのに。

(…って、俺もだよね)

イヤな事を考えたくなくてアスマと紅の事を考えてみても、結局は自分の事に戻ってくる。

体は酒を飲んだ時特有の、ふわふわとした酩酊感を感じているのに、頭は何処か冷静。

ああ、いっそ何処か遠くに行ってしまいたい。

油断して気を抜いている時には何処からか任務を知らせる式神が飛んで来るのに、来て欲しいと思っている時にはちっとも来てくれやしない。

世の中思うようにはいかないものだ。

(あーあ…俺もトイレ行こ)

のそりと腰を上げ、開け放たれた障子の向こうへと向かう事にする。

どの部屋も明かりは付いていても、妙にひっそりとしている。

元は妓楼だったらしい華美な造りに反して、安い値段で上質な酒と料理を出すと評判の店だ

月を見ながら廊下を曲がると、階下からわあっと歓声が聞こえた。

ひとつ下の階は、中忍達の掃き溜めらしい。

やんやと盛り上がる声に、思わず欄干に足を掛けてぶら下がり、階下を覗いてみる。

「何してんだカカシ」

「んー、覗き見」

「止めとけよ。下の奴らがビビるだろ」

「アレ?紅は?」

「あァ?化粧直しだと。まだ飲む気でいるぞアイツ」

欄干に腰掛けて、ぷか。とアスマの口から吐き出された煙を目で追った。

ゆらゆらと天目指して上る紫煙は幾許もしない内に大気に溶けた。

「…どうにかしてやんないの」

「どうにか、なァ…してェよなァ。どうすりゃいいんだよ、どうにかってのはよ」

「俺だって知りたいよ。どうすりゃいいのよ、どうにかって」

「イルカ、」

「…は?」

「イルカがいたぞ、下の階。何処の座敷までかは知らねぇけど」

「え、なんで?」

「知らね。見た事ねぇ男と一緒だったけどな」

こんなトコでプロポーズなんて、いくらイルカ先生でもするワケがない。

プロポーズは?どうなったんだろうか?

アスマも見た事ない男って誰?

「顔がな、酒だかゲロだか涙だかでぐっちゃぐちゃだったぜ。ありゃ、女にでもフラれたんじゃねぇか?……って、オイ、カカシ!」

アスマの声は既に頭上だ。

「ちょっと野暮用。紅とふたりで飲んでてよ」

俺は欄干を飛び降りてひとつ下の階に着地した。











とはいえ、やたらに座敷を開けるワケにもいかなかったからウロウロと廊下を歩いてみた

俺達のいた階と違って、怒号や歓声や奇声があちこちで上がっている。

(ハメ外し過ぎでしょ…)

こう騒がしくっちゃ、イルカ先生の声すら拾えない。

俺の鼻がそこそこ利くといっても、噎せ返るような酒気や雑多な匂いの混じるこの場所じゃ無理な相談だ。

パックンは…此処に呼んだら怒るだろうなぁ。

「どうしよ…」

勢い込んで飛び降りてはみたものの途方に暮れてしまったその時、

「ん…」

イルカ先生の声がした。


が足を止めたのは、騒がしい周りの座敷とは明らかに違う、どん詰まりにある明かりの落ちた一室だった。

(今の…イルカ先生の声だよね?)

眠たげな、鼻にかかったような甘えたような声。

俺と飯を食いに行って、少し酒を過ごした時に出すぐずったような声じゃなくて、もっともっと甘えたような声だった。

(え、ちょっと…嘘でしょ?)

盗み聞きなんて趣味じゃない、でも、

「何、あんた、男相手は初めてなのか?」

「ん…っ、に、任務では…何度か…あ、」

「…勃ちが悪ィな、飲ませ過ぎたか」

チッと舌打ちする男の声に、カッと血が上った。

障子を蹴破って、驚いた表情で振り向いた男の顎目掛け蹴りをお見舞いする。

膝が上手い具合に顎に入ったのか、ぐるりと白目を向いた男はだらしなく口を開けてその場に崩れ落ちた。

倉庫代わりなのか、埃っぽい室内には妓楼で使われていたらしい小物や布団が積み上げられている。

「……カカシさん?」

舌っ足らずな声で俺の名前を呼んだイルカ先生は、布団の山から雑に引き落としたらしい金糸で刺繍された豪奢な掛け布団の上で、とんでもない格好をして俺を見ていた。

 
捲り上げられたアンダー。

髪は結い紐がほどけて、肩に落ちている。

俺の背後から差し込む月の光が、上半身だけを起こして横たわるイルカ先生の唇をてらてらと照らしていた。

「カカシさん、」

「アンタ……何してんですか…」

怒鳴りつけたいのを必死でこらえた。

握り締めた拳はブルブルと震えていて、感覚がない。

男を蹴った膝小僧だけがジンジンと熱を持って鬱陶しい。

「カカシさん、」

壊れてしまったかのように繰り返し俺の名前を呼ぶイルカ先生の目に、みるみるうちに涙が溜まってボロリと零れ落ちた。













泣きじゃくるイルカ先生を背負って、夜道を跳んだ。

しゃくりあげるたびに涙が背中に落ちて、ひんやりした夜風が尚更染みる。

泣きたいのは俺の方だ。

道中、何度そう叫びそうになったかわからない。

俺の部屋に着いても背中から離れようとしないイルカ先生をくっつけたまま、俺は洗面所に向かってタオルを濡らして絞った。

風呂に放り込んでもよかったけど、湯が溜まるまでの時間がまどろっこしい。

嫌がるイルカ先生を無理矢理背中から引き剥がして、ベッドに座らせる。

「ダメだったの?」

何を、とは言わなかった。

訊かなくても、彼を見れば一目瞭然だった。

プロポーズが失敗して、ついでとばかりに別れ話を切り出されたに違いない。

里を離れての長期任務についていた恋人とダメになったなんて話、腐る程耳にしてきた。


 イルカ先生が笑って言っていた『距離なんて問題無い』なんて言葉、俺には絵空事にしか聞こえていなかった。

寂しい時は抱き締めてあげよう・後編

「つ、突き返されたんです、コレ…っ」

震える指先に挟まれて差し出されたのは、綺麗な石のはまった華奢な指輪。

俺の小指にすら入りそうにないそれには、イルカ先生のありったけの想いが詰まっていたんだろう。

ポロポロと止まる事のない涙に濡れて、月光がキラリと反射した。

「…で?ヤケになって知らない男と寝ようとしたの?アンタ馬鹿?」

自分を大事にしなさい。なんて、窘めの常套句なんて出てこない。

なんで俺んとこ来ないの?なんで知らない男についていくの?誰でもいいの?

体で慰められたいなら、風俗でもなんでも行けばいいじゃない。

真面目なアンタにはそんな考え及びもしなかったんだろうけどさ。

自棄酒かっ食らって、声掛けてきた男にフラフラついてってさ。

自分傷付けて気を紛らわそうなんて、馬鹿としか言いようがないよ。

ホント馬鹿、馬鹿、馬鹿イルカ。

距離なんて問題無いなんてさ、所詮綺麗事だったんでしょ。

だって知ってた?

アンタね、いつも、いつでも寂しそうな目しちゃってさ。

俺が飯行きましょって誘ったら凄く嬉しそうな、ホッとした顔になるんだよ。

独りがイヤなんでしょ?
寂しいんでしょ?

なんで名前だけの恋人にプロポーズだなんて馬鹿な事考えて、実行しちゃうかなぁ

しかも失敗してさ、そりゃあ俺は、頼むから上手くいくんじゃねーよって思ったよ。

失敗しろって、でもってオマケに別れちまえってさ、汚い事一晩中思ったよ。

別れてヘコんで俺の前に現れたらさ、泣くアンタを慰めようって、友達として慰めて、それからダメ元で俺にしなよって言うつもりだったよ。

だからさ、そんな泣き顔見たくなかった。

此の世の終わりみたいな顔して泣かないでよ。

ねぇ、










全く、どっちが馬鹿だかわからない。

シンと静まり返った部屋にはイルカ先生のしゃくりあげる声とズルズルと鼻を啜る音、俺の口をついて出た、独り言だか告白だか八つ当たりだかよくわからない言葉だけが響いた。

きちんと俺の言葉が聞こえているのかもわからない涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったイルカ先生の顔を、照れ隠しに乱暴にタオルで拭う。

「…はあ、もういいや。今日は泊まって行きなさい」

まんじりとも動かないイルカ先生に痺れを切らせてそう言い放つと、彼の涙で背中がびっしょりになっていたアンダーを床に脱ぎ捨ててベッドに横になる。

今日は色々疲れた。

ホントはあの男に舐め回されたであろうイルカ先生の体も綺麗にしてやりたかったけど、もうホントに面倒くさい。

「あの…」

瞼を閉じて、さっさと眠りに落ちようとする俺に、イルカ先生が恐る恐る話し掛けてきた

ああもう、面倒くさいな


「寝て。でもって忘れなさい」

無茶言うな。俺ならそう返すような台詞を吐きながら、座ったままのイルカ先生の腕を引いた。

狭っ苦しいシングルベッドじゃ、イヤでも密着して寝るしかない。

俺の胸元に顔がぶつかって、ぐぇ。なんて色気の無い声を出したイルカ先生は諦めたのか泣き疲れたのか、おとなしくされるがままになっていた。


ベッドから落ちないように身を擦り寄せる仕草は大層かわいらしかったけど、俺も疲れがピークに達していたのか不思議と変な気分にはならなかった

もぞもぞと身動きするイルカ先生の背中に腕を回して、赤ん坊を寝かしつける時のようにポンポン、と軽く叩く。

「…カカシさん…」

「…なーに?」

「あの…」

「うん」

「お、俺に、あんまり優しくしないで下さい」

「なんで?」

俺の問い掛けにグッと身を固くしたイルカ先生は、ぽつりと『好きになってしまうから』と呟いた。

「…なればいいじゃない。俺を好きになれば?」

「な…、俺、今日彼女にフラれたばかりでそんな…!」

「ていうか、好きになってよ。アンタが俺を好きになってくれるなら、うんと優しくする。今以上に優しくしてあげるよ」

「い、今以上…?」

「うん。もうイヤだって根を上げるくらい優しくしてあげる。俺無しじゃいられなくなるぐらい。どう?」

固まってしまったイルカ先生の顎をすくって、俺の方を向かせる。

体中の血液が集まってるんじゃないのかってぐらい真っ赤な顔をしたイルカ先生は、腫れぼったい瞼の下で眼球をウロウロと動かした。

なんだ、意外と押しに弱いタイプだったのか

俺のここ数年間の謙虚さは無意味だったのかな。

「寂しさでアンタを泣かせたりなんかしないし。裏切って他のひとの所に行ったりもしない。指輪だって突き返したりしないよ」

あ、と短く発したイルカ先生の手から、握られたままだった指輪を奪い取って小指の先に無理矢理はめ込んだ。

その手で髪を梳いて、駄目押しに『距離が問題無いなら時間も問題ないでしょ』と囁けば、観念したようにギュッと瞼を閉じたから、唇を押し付けるだけのキスをした。

「は…」

離れる間際、ちろりと俺の唇を舐めたのはイルカ先生の舌先。

軽く噛み付いて、誘われるままに咥内を蹂躙したら、イルカ先生は見るだけで達してしまいそうな程いやらしい顔を俺に見せつけてくれたのだった。

















「どうにかなったんだって?」

「なったねぇ、どうにか」

「なるもんなんだなァ、どうにか」

さらに翌日、デレデレして待機所に詰めていたらアスマに頭を小突かれた

どうやら俺が階下に降りて店を飛び出すまでを、覗き見趣味のある髭熊は全て見ていたらしい。

俺のチャクラがピンク色で気持ち悪い。と言い放った紅は、見るからに二日酔いのチャクラを垂れ流しながらアンコに引っ張られて行った。

今から地獄の甘味バイキング巡りだそうだ、ご愁傷様。

「俺もどうにかしてみるかなァ」

「…ま、頑張って。思い切って障子蹴破ってみれば、案外どうにかなるかもよ?」

あーでも、紅んち障子ねぇんだよなァと呟いたアスマと一緒にゲラゲラ笑っていたら、待機所の前を通りかかった俺の恋人が物凄く変な目で此方を見ていた。




end

It's solid. It's good to go.

「イルカ先生は、階級コンプレックスの人?」

「…はい?」

突然、何を言い出すんだこの人は。

「だってねぇ、徹底して俺にくだけた口調も態度も取らないでしょ」

「そりゃ仕方ないでしょう。貴方は年上で上忍、俺は年下で中忍ですから。忍としての経験も貴方の方が長いし」

「ほーら、それですよ。すぐに上忍だとか中忍だとか、挙げ句経験がどうのって論って」

俺はアナタのそういう所が不満なんです。とカカシさんは渋い顔をした。

だってそんなの、仕方ないじゃないか。

俺がこれまで生きてきて、培って築き上げてきたものだ。

そう簡単には覆せない。

「俺と同じような立場のアスマには、もう少しくだけてるじゃない」

「アスマさんは…」

親兄弟のいない俺にとって、兄のような存在だ

付き合いだってカカシさんより遥かに長いし、気心も知れてる。

三代目だって、俺にとっては父親のような存在だったから。

「紅にだってガイにだって、俺の時とは少し違うでしょ」

紅さんは、彼女がまだ中忍だった頃、当時俺が付き合っていたくのいちと彼女が友達だったからで…。

ガイ先生はカカシさんより先に上忍師だったから、その間の付き合いがある。

ガイ先生の教育論は刺激にもなるし。

「あー…ガイの話は止めましょう。胸焼けしそう」

(アンタがふったんだろ!)

「兎に角、俺としてはもう少しでいいからイルカ先生と近くなりたいの。まずは敬語、止めてみません?」

「じゃあ言わせてもらいますけど、貴方はどうなんですか?いつまで経っても『イルカ先生、イルカ先生』って。俺はアンタの先生じゃないです」

「…だって、ナルトがイルカ先生イルカ先生って五月蝿いんだもん。移っちゃって直りませんよ、今更」

「ほら、カカシさんだって俺に敬語使ってるじゃないですか。俺に敬語止めろって言うなら、まずアンタから止めてみろってんですよ」

「ちょっと、これはイルカ先生が敬語使うからデショ?俺は悪くないよ」

「責任転嫁ですか。里の誉れとまで言われた上忍様が」

「ほらまた、上忍とか言うし!やっぱり階級コンプレックスなんじゃない。素直に認めちゃいなさいよ、男らしくない」

「階級コンプレックスなんかじゃないですってば!」

「それならなんで!」

「ああもう!アンタだからだろ!?カカシさんだから、俺なんかとは全然違うアンタだから、緊張して…せめて変に思われないようにって…」

「…え?」

「下手にボロ出して嫌われないようにって気を付けてるんじゃないですか!それを男らしくないの何のって…人の事コンプレックスの塊みたいに言わんで下さい!」

「イルカせ、」

「大体、俺の事階級コンプレックス云々言う前に、アンタのメサイアコンプレックスの方をどうにかして下さいよ。幾ら忍だからって、上忍だからって、一切自分を顧みないで。アンタが倒れたとか怪我したとか聞いた時の俺の気持ち、考えた事あるんですか!?」

ああ嫌だ、これじゃまるでヒステリーだ

せっかく、せっかくカカシさんが任務から帰って来たっていうのに。

『お疲れ様です』も『お帰りなさい』も言ってない。

カカシさんが『ただいま』って言う前に変な事を言い出したから。

「イルカ先生…俺の事そんな風に思ってたんだ。…メサイアコンプレックス?」

自嘲するようなカカシさんの乾いた声に、思わず顔を上げる。

「俺、そんな風に見える?」

「…見えます」

カカシさんは、この人は、何より仲間を大切にする。

俺はこの人のそんな所も好きだけど、時に自分の命よりも仲間を大事にするから。

忍としての俺、教職としての俺は、彼のそういう部分を誇らしく思うし憧れてもいる。

ただ、ひとりの人間として、彼の恋人としての立場の俺は、それを納得出来ないし認めていない。

彼は置いていかれる側じゃない、置いていく側の人間だ。

「イルカ先生…そりゃあね、俺は手の届く範囲なら力の限り守りたいって、そう思ってます。だって、後悔したくないじゃない」

「解ってます…でも、貴方のその生き方に、納得出来ない俺もいるんです」

「うん。でもね、これが俺だし…俺がそうするのは、こうして生きて貴方の所に戻ってくる為にしてるんですよ」

「それなら…早く『ただいま』って言って下さい…」

「ただいま、イルカ先生」

「お帰りなさい、カカシさん」

見つめ合う、伸ばされたカカシさんの手を握り返して、その温かさに安心した。

ああ、今すぐカカシさんを抱き締めたい。

お帰りなさいって、言葉だけじゃなく全身で伝えたい。

なんて邪魔なんだこの机。

(…ん?机?)

「あー…ちょっといいかお前ら?」

「なんです?五代目」

「そういう事はな、家に帰ってからにしな」

(……!)

すっかり忘れていた、今此処は、受付所で…横には五代目も居て…勿論、五代目だけじゃなくて他の報告者も。

我に返って辺りを見回すと、長蛇の列と好奇の目。

「う、うわあああッ!すみません!すみません!」

「いや、別に構やしないんだけどね…」

「カカシさんも謝って下さい!」

「やーだよ。俺達何も悪い事してないデショ」

「いいから謝んなさい!」

帰ったらまず説教、決定。




end

romanticist×egoist

「や、だからね、俺とアナタは恋人同士なワケじゃない」

「……はあ」

「だから、例え任務でも依頼であってもですよ?」

「……はあ」

「他の誰かと『恋人同士の真似』なんて事、して欲しくないんです。俺は」

「はあ」











カカシさんは一見、リアリストに見えて驚く程ロマンチストだったりする。

やれ『今日は星が綺麗です』とか『任務先で綺麗な花を見つけました』とか。

まあ、それぐらいなら誰でも思う事だし、俺も綺麗な物を見れば綺麗だと素直にそう思うだろう。

問題はその後に『アナタと二人で見たらもっと綺麗だろうなと思いました』とか『花が綺麗だったから、きっとイルカ先生は今元気なんだなと思いました』とか続く部分だ。

そりゃあ、綺麗な物や景色なんかは、一人で見るより誰かと見た方が綺麗だという気持ちを共有出来るだろうし。

旨い物は一人で食えなんて諺があるけど、やっぱり旨い物も誰かと分け合って食べた方がより美味しく感じると思う。

それはいい。

花が綺麗だったから俺が元気だろうと思った、という部分がわからない。

カカシさんの見た花と、俺の体が繋がっているワケでもないだろうに。

…というか、絶対に繋がってない。

俺は俺で、花は花だ。

下駄の鼻緒が切れたとか、黒猫が横切ったとか、悪い方の虫の知らせなら俺も信じない方ではないけど。

例えば任務でカカシさんが里外に出ていたとして、俺の職場であるアカデミーの花壇の花が美しく咲き誇っていても、『カカシさんは今日も元気、怪我もなく順調に任務中でしょう』なんて事、俺には絶対思えない

花壇の花が綺麗なのは当番の生徒達が毎日きちんと世話をしているからであって、天候に恵まれ、悪戯をしたり花壇を荒らしたりするような人間が里の中にはいないから、なのだ。

俺の健康状態とは全く関係がない。

肌身離さず持っている愛読書が成人指定のいかがわしい本だというのに、カカシさんのこの浪漫主義というかメルヘン思考というか、は一体全体彼の頭のどの部分に収まっているのだろう?








俺の素朴な疑問をぶつければ『そういうのは頭じゃなくて心にあるんですよ』と真顔で答えるエリート上忍は、目下ぶつぶつと俺に対して恋人の何たるかを説いている。

事の起こりは、同僚からの小さな頼み事だった。

『一日でいいから恋人のフリをして』

結婚適齢期の彼女は、故郷の親御さんから頻繁に見合いの話を持ち掛けられるらしい。

若く綺麗なうちに嫁がせたい。

親御さんの気持ちもわかるが当の本人からすれば『見合い結婚なんて真っ平御免』だそうで、仕事も続けたいしまだまだ遊びたい。

キャリア志向の高い彼女は親のしつこい追撃を避ける為『結婚を前提に付き合ってる人がいるの』と断りの常套句を口にしたのはいいけれど。

『それなら一度会わせなさい。会わせられないような人なら見合いをしなさい』と、一見理不尽ともいえる二択を迫られ、渋々影武者を立てる事にしたのだ

白羽の矢が立ったのは俺。

別に彼女と何があったというワケでもないが、教師になりたての頃に幾何かの借りがあり、一日だけの恋人役を見事やり通せばチャラにしてくれるというから、俺は特に深く考えずに請け負った。

「何も本当に結婚しろというワケでも…」

「当然です!でも、でもですよ?イルカ先生程の好青年、向こうの親御さんが気に入っちゃって即結納。なんて事になったらどうするんですか!」

カカシさんは俺を買いかぶり過ぎだと思う。

俺なんか十把一絡げ、何処にでもいる普通の男で、彼女が俺に頼みに来たのだって周りの個性豊かな連中に比べればソツなくやり通せると思ったからに違いない。

俺がそう言うと、カカシさんは語調を強めて否定した。

「イルカ先生は、自分の事をわかって無さ過ぎです!」

「そうは言われても、もう引き受けちゃいましたし…明日なんですよ?約束の日」

今更断って、代わりの人間が見つかるだろうか?

「ホントに見合いが嫌なら、何とか見つけますよ。その辺の人間捕まえればいいんです。イルカ先生が責任感じる事ありません」

「見合い云々は置いといて、土壇場で約束破るってのがちょっと…」

嫌だなぁと思う、今後職場で恨み辛みを言われるのも嫌だし、約束を違えるのが一番嫌だ。

折れる気配のない俺の肩を掴んで、カカシさんはガクガク揺さぶった。

「じゃあ、俺がイルカ先生に変化して行きますから!イルカ先生は家でおとなしくしといて下さい」

「ダメです」

「どうして!?」

「彼女が貴方に惚れたらどうするんですか!」

カカシさんはぽかんと口を開けて、俺を揺さぶる手を止めた

自分の事わかって無いのは一体どっちですか、カカシさん。

貴方の浪漫主義もメルヘン思考も全てひっくるめて、俺は貴方が好きなんですよ?

俺が惚れる程の貴方を、他の誰が好きにならないってんですか。

「…イルカ先生って、なんて言うか…」

「言われなくてもわかってます。俺は貴方が思っている以上に、利己主義者なんです」




end

What have you got to lose? 前編

木ノ葉のエリート上忍はたけカカシの愛読書は言わずと知れた成人指定のアノ本なのだが、師走に突入した辺りから、誰もが思わず二度見してしまうようなモノにすり替わっていた。

『木ノ葉ウォーカー・クリスマスデートスポット特集!』

クリスマスツリーのイルミネーション写真に、『聖なる夜に恋人と素敵な夜景を!』なんて写植が乗ったその雑誌を、カカシは食い入るように見つめている。

所々に付箋が挟んであり、読み込まれてクタクタになった表紙。

クリスマス三日前、長期任務から帰還したアスマは驚きのあまり、医療忍として修行中のサクラを呼び出した程だ。

「…アイツ、どうしたんだ?」

「クリスマスに、何としてもイルカ先生をオトすんだそうです」

可哀相なモノを見る目でカカシを見ていたサクラは、もう戻っていいですか?とアスマを見上げた。

「あ、ああ…悪かった」

無駄足踏ませたな。と謝るアスマに一礼して、サクラは上忍待機所を後にする。

颯爽と去っていくサクラと雑誌から目を離そうとしないカカシを見比べて、アスマは大きく溜息を吐いた。













「アスマは紅とどっか行くの?」

「あァ?」

物珍しそうにカカシを見ていたアスマに、雑誌から顔を上げる事なくカカシが尋ねる。

「だってクリスマスって、恋人の為の日なんでしょ?」

幼少時から戦忍として過ごしてきたカカシは、行事に関する認識が薄いような気がする。

アスマは煙草の煙を吐いて、カカシとその手に握られた雑誌を見た。

「任務が入るかも知れねぇし、まだわかんねーな」

「紅はアスマと一緒に居たいんじゃない?」

それはそうだろう

そんな事はカカシに言われなくても、アスマにだって解っている。

「お前はどうなんだよ。そんな本読んでも、イルカにゃまだ告白すらしてねぇだろうが」

「告白する為に頑張ってるんだよ。美味しいゴハンと綺麗な景色、イルカ先生を幸せな気分にしてあげんの」

んふふー。とだらしない笑みをこぼしたカカシは、聖夜当日に思いを馳せているのか、うっとりと天井を見上げた。

「カカシ、あのな…」

言うべきか、言わざるべきか

『何?』と幼子のように純粋な瞳を向けるカカシに、アスマは咳払いをして言葉を次いだ。

「今、イルカに恋人がいるかもって、考えた事ねぇのか?」












アスマの一言に待機所を飛び出したカカシは、一目散に受付所に向かった

師走という事もあって昼間だというのに慌ただしい受付所の中、お目当てのイルカを見つけると、カカシは忍らしくなくバタバタと足音を立てて駆け寄る。

「イルカ先生!」

「お疲れ様です、カカシさん」

「あのっ、あの!」

「今日は待機でしたよね?えっと、カカシさん宛ての依頼は…」

書類を捲るイルカの手を掴んで、カカシは一息にまくし立てた。

「イルカ先生は今お付き合いされてる方がいるんですか!?いなかったらクリスマスは俺と過ごして下さい!」

受付所の空気が、凍りついた。







「…カカシ?」

物凄い勢いで部屋を飛び出し、しばらくして戻ってきたカカシの有り様に、アスマは今度こそサクラを呼び戻そうと思った

魂が抜けたように虚ろな目をしたカカシは、覚束無い足取りでさっきまで座っていたベンチに歩み寄ると、勢い良く倒れ込んで背もたれに頭を打ちつけたのだ。

額当てがなかったら額が割れていたかも知れないぐらいの鈍い音に、待機所に居た全員の視線が集中する。

「カカシ!」

「クリスマスはキリストの降誕を祝う記念日で『神が人となって産まれてきたこと』を祝う日なんでしょ。だから恋人達がイチャイチャする為の日じゃないの、異教の神様の誕生日なんか俺には関係無いんだよ。どうせ今年も飛び込みの任務か何かが入ってダメになるんだもん。解ってたもんそれぐらい」

アスマが肩を掴んで起こすと、カカシはブツブツと念仏のように独り言を呟いていた。

(ダメだこりゃ…)

イルカに恋人が居たか、或いは誘いを断られたか。

どちらにしろ、カカシの精神的ダメージは大きかったようだ。












クリスマス当日。

アスマはこの三日間抜け殻のように茫然としていたカカシを連れて、部下達の催すクリスマスパーティーに顔を出していた。

「カカシ先生、どうしたんだってばよ?」

先日里に戻ってきたナルトは、グラグラ揺れるカカシをツンツンと突いてアスマを見上げた

「あー…悪い。そっとしといてやってくれ」

「………」

反応の無いカカシに飽きたのか、ナルトはチョウジやシカマルの居る輪の中へと去っていく。

入れ替わりにやってきたサクラといのが、アスマとカカシに可愛らしい包みを差し出した。

「お、悪いな。俺達何も用意してねぇぞ?」

「先生達にはいつもお世話になってるから。それにしても残念よね、紅先生」

紅は、昨日から任務で里に居ない。

「あー、まあな」

照れくさそうに髭を撫でるアスマににっこり笑ったいのとは対照的に、サクラは冷ややかな視線でカカシを見つめている。

「カカシ先生!」

「…んあ?何?サクラ」

いつもと同じに戻った愛読書は上下逆さまで、胡乱な目をしたカカシにサクラの怒号が飛ぶ。

「なっさけない!イルカ先生はどうしたんですか!」

「クリスマスは用事があるんだってー。俺の出る幕なんか最初からなかったってワケよー」

あははー。と力無い笑いをこぼすカカシに、サクラはプレゼントの包みを投げつけた

「プレゼントぐらい渡して、好きだって言えばいいじゃないですか!」

「ご予定のあるイルカ先生には、俺の気持ちなんか迷惑でしょーよ」

尚もヘラヘラと笑うカカシに、サクラは唇を噛み締めた。

「……る…」

「…ん?」

 「言える距離にいるんだから!言えばいいじゃない!カカシ先生のバカ!」

しゃーんなろー!とカカシの腹に拳骨を叩き込んで、サクラは部屋の隅で赤丸とじゃれるヒナタの方へと走っていった。

What have you got to lose? 後編

「ゲホッ…」

「あーあー、サクラにゃ形無しだなぁ。お前も」

苦笑するアスマに、いのが寂しそうに笑った。

「サクラのやつ、サスケくんにってマフラー編んでたから…」

里を抜けたうちはの少年を思い浮かべて、カカシはガリガリと頭を掻いた。

(言える距離にいるんだから、か…)

「どうするカカシ、今から飲みにでも行くか?俺らが居ちゃ、ガキ共も羽目外せねぇだろ」

「んー…そうね」

立ち上がりかけたカカシの袖を、いのが引いた。

「カカシ先生、」

「ん?」

「サクラのプレゼント、入浴剤なんです。イルカ先生、温泉好きだからって…」

カカシはサクラに投げつけられてクシャクシャになった包みを見つめる。

まだ何か言いたげないのの頭を軽く撫でて礼を言い、カカシとアスマはその場を後にした。













「…で、結局どうすんだよお前」

「どうって言われてもねぇ…」

行き交う人々の波を縫い進みながら、行きつけの居酒屋へと向かう途中だった。

「あ?…イルカ?」

「もー…急かさないでよ、俺だって色々考えてんの!」

「いや、ありゃあイルカだろ。イルカ!」

アスマは大声を上げて、イルカと思しき人物に向かって手を振った。

「…アスマさん?カカシさんも。こんばんは」

いそいそと二人に近付いてきたイルカは額当てとベストを身に着けておらず、半纏にマフラー、足元は健康サンダルというやけにラフな格好だった。

「せっかくのクリスマスに二人ですか?」

「お前こそ。なんだその格好、色気ねーなぁ」

笑うアスマに、イルカは眉を下げる。

「予定が流れちゃいまして…」

「あん?女にフラれでもしたか?」

「ちょっとアスマ、」

失礼デショ、と言いかけたカカシだったが、内心は嬉しいやら悲しいやら喜んでいいのやら、何とも複雑な心境だった。

「フラれるも何も、恋人なんて居ませんもん」

ぷうと頬を膨らませたイルカの腕には、洗面器が抱えられている。

カカシは瞬きをして、イルカに問いかけた。

「え…?でも、クリスマスに予定があるって…」

「はい。毎年クリスマスはアカデミーの行事が終わった後、ひとりで木ノ葉温泉に行くんです」

「ひとりで…?」

「自分へのプレゼントに、内湯付きの個室を予約してゆっくりするんですけど…」

今年に限って何故か、木ノ葉温泉の建物に馬鹿デカい蛙が落ちてきて、営業困難な状況に陥ったらしい。

当然ながら予約も取り消しになった。

アスマとカカシは、最近里に戻ってきた金色の狐子とその師匠を思い出して、何とも言えない笑いを浮かべる。

「自来也様の口寄せって…」

「確か蛙だったよな…」


「それで、温泉がダメなら銭湯にでも行こうかなーと思いまして」

笑うイルカの腕の中で、洗面器の中の石鹸たちがカタカタと鳴った。

カカシは我に返って、イルカを見つめる。

「アスマさん達は?今から居酒屋にでも行かれるんですか?」

「あー…そう思ってたんだけどよ。俺ァ急用思い出しちまって」

アスマの肘が、カカシの脇腹を小突く。

「……?」

「イルカ。どうせ銭湯行くなら、カカシんちの風呂借りろよ」

「…え?」

「はあっ!?」

素っ頓狂な声を上げたカカシを一瞥して、アスマはイルカに詰め寄る。

「カカシはなぁ…ガキの頃から任務任務で、クリスマスなんざまともに過ごした事がねぇんだよ」

「カカシさん…そうなんですか?」

イルカの目に同情の念が浮かんだのを見留めて、アスマは尚も言葉を続けた。

「今年は運良く任務も入ってねぇだろ?しかもな、今年は可愛い部下にプレゼントまで貰ってよ」

「サクラ…ですか?」

「ああ、あったまって下さいってなモンで、入浴剤らしいんだがな」

「はあ…」

「イルカにもお裾分けしなきゃならねぇんだと」

「は、…え?」

「心配しなくてもコイツんちの風呂は馬鹿デケェし。せっかくの教え子のプレゼント、お前だって無駄にはしたくねぇだろ?」

「え?あ、まあ…そう、です、ね…?」

支離滅裂なアスマの説得は、銭湯の事を考えていたイルカの脳裏に『入浴剤』『馬鹿デカい風呂』という単語のみを残す事となった。

「というワケで、俺は帰る」

言うだけ言ったアスマは、カカシの肩をポンと叩いて雑踏へと消えていった。

残された二人はぎこちなく視線を合わせると、どちらからともなくへらりと笑う。

「あー…えっと、その…イルカ先生」

「カカシさん、ご迷惑じゃないですか?」

「へっ?」

「俺がお邪魔して、風呂まで借りるの」

イルカの言葉の意味が解らなくて、カカシはパシパシと瞬きを繰り返した。

「あの、ご迷惑なら」

「全然!?全ッ然迷惑なんかじゃないです!」

力強く言い切ったカカシの袖を引いて、イルカは歩き出した。

「七面鳥は無理だけど、焼き鳥ぐらいならまだ買えますよね。きっと」

「焼き鳥…」

「カカシさんは、甘い物苦手でしたっけ?」

「少しなら食べられます!」

「じゃあ、ケーキはコンビニかなぁ」

にこにこと楽しそうなイルカに並んで、カカシは辺りを見回した

キラキラ輝くイルミネーションは、雑誌で見たどれよりも綺麗で。

すれ違う人々も横を歩くイルカも幸せそうで、カカシの目にじわりと涙が浮かぶ。

「カカシさん…?」

「んーん、何でもないです」

ツリーはなくて、焼き鳥にコンビニのケーキに入浴剤だけど。

カカシには、これからイルカと過ごす短い夜が、雑誌に載っていたどのプランよりも素敵に思えた。











無事に任務を終えて里に戻ってきた紅が

『アスマはサンタクロースだったんだよ』

と言ったカカシを心配して、修行に励むサクラを呼び出すのはそれから二日後の話。






end