学生服を脱がせて
「ねぇイルカ先生、知ってます?制服ってね、組織内外の人間を明確に区別できるようにとか、同じ制服を着ている者同士の連帯感を強めたり自尊心や規律、忠誠心を高める効果が期待されてるらしいんですよ」
「…はあ」
つらつらと口上を挙げ連ねた上忍は、左右色違いの綺麗な目を弓形にしてにんまりと笑った。
就業後、俺の部屋へコンビニのおでんとビールの入った袋を携え訪れたカカシ先生を迎え入れたのは、ほんの二時間程前の事。
酒に強いカカシ先生がもう酔っ払ったとは考え難いけれど、突拍子のない話には首を傾げざるを得ない。
「俺らのしてる額当てとかベストとかね、支給服なんかもある意味制服でしょう?」
「はあ…まあ、そうですね」
全く先が見えない。
浅からぬ付き合いになって結構な年月が経つけれど、天才と呼ばれる人間とは元々の頭の作りが違うのだろうか?
俺は振られた話題にぽかんと口を開けて先を促す事しか出来ない。
酔いの回った顔は火照って熱く、恐らく真っ赤になっているだろう。
第三者から見たら、今の俺は赤べこみたいにカクカク首を振っているに違いない。
「それでね、こないだの任務は紡績会社の輸送護衛だったんですけど…」
「はあ」
「お土産貰っちゃったんですよ。で、イルカ先生にもお裾分けしたいなって思って」
「お裾分けですか」
紡績会社からの土産をお裾分けってことは、タオルか何かだろうか?
カカシさんから物を貰うのは余り気乗りしなかった。
忍なんて職業柄、互いにいつ何時命を落とすかも知れないから(俺は内勤だけど、何がいつ何時なにが起こるかわからない)
いくらカカシさんが里屈指の実力の持ち主だって、一寸先に何があるかは解らないのだ。
決してカカシさんの力を信じていないワケではないけれど、もしも先立たれてしまったら、なんて不安が全く無いワケじゃない。
世の中に『絶対』は無いから、品物を見る度にカカシさんを思い出して泣き暮らすのだけは御免だ。
俺はそこまで強くない。
でもまあ、タオルぐらいならまあいいかと卓上に乗せられ『どうぞ』と差し出された紙袋を『どうも』と答えて手繰り寄せる。
「サイズは大丈夫だと思うんですけど。好きなの持って帰っていいって言われたんで、俺の好みで」
「サイズ?」
「俺はルーズソックスみたいにダラダラしたのよりね、紺のハイソックスとかニーソの方が好きなんですよ。布地で隠れてるのに足首がキュッと締まって見えるのって、何処かそそられない?」
(タオルじゃなくて靴下?ていうかルーズソックスなんて絶滅したんじゃないのか?)
喜色満面のカカシさんを訝しく思いながら、開いた包みの中は何となく感づいてはいたものの認めたくはなかった代物が鎮座していた。
大きな襟に、ひらひらした濃紺のスカートの『セーラー服』
「やっぱりねぇ、一度くらいはイルカ先生と制服プレイしたいなと思って」
そういえばセーラー服ってのは元々軍服だったんだよなぁ、とすっかり酔いの冷めた頭の隅でぼんやり思う。
「………」
「アレ?気に入りませんでした?スカートの丈、もう少し長い方が良かったですかね?」
「…カカシ先生?」
「はい?」
「俺、こんなの着ませんよ?」
受付用スマイルでにっこり笑って突き返すと、カカシさんはムンクの叫びさながらの表情で一瞬だけ絶句した。
「えぇっ!?どうして!?」
着るか、着るワケないだろ馬鹿かこの人。
「俺は男ですし、女装の趣味もありません。そういったプレイがしたいならそういった場所へどうぞ?」
大体だ、二十代半ばの何処をどうひっくり返しても男にしか見えない俺のセーラー服姿なんて誰が見たいと思うんだ(それを言ったら多分『俺です』と返されるだろうからその文句は飲み込む事にする)
「あああ!イルカ先生ごめんなさい!怒らないで!嫌ならそれは俺が着ます!代わりにイルカ先生はこっち、ね!?」
火遁で燃やされるとでも思ったのか、大事そうにセーラー服を抱え込んだカカシさんは別の紙袋を押し付けてきた。
「……こっちは学ランですか」
まあこれぐらいなら、と顔を上げた俺の前には、既にセーラー服に身を包んだカカシさんが立っていた。
end
かえるのこはかえる
「そういえば今日ね、紅さんに会いましたよ」
程良く酔いの回った部屋呑みの最中、イルカ先生の口から意外な人物の名が飛び出した。
「…へぇ、何処でですか?」
「木の葉病院です。定期健診だって。お腹、かなり大きくなってました」
元上忍師仲間の紅は、一身上の都合により前線を引いた。
アスマが殉職して、もしかしたら紅も後を追うんじゃないかと馬鹿な事を考えた俺の心配は杞憂に終わり、新たな命をその腹に宿した紅はいっそ清々しい程の笑顔でアスマを見送ったのだ。
「女性は強いですよねぇ」
感心したように溜息をつくイルカ先生に、ほんの少しだけ胸がしくりと痛む。
「木の葉の女は特別でしょう。彼女達と本気で戦ったら、俺達なんかイチコロですよ」
出来れば、話題を逸らしたい。
冗談めかして笑いを誘えば、イルカ先生は少しだけ笑って酒の肴を箸でつついた。
「カカシさんは、どっちだと思います?俺は紅さん似の男の子だと思うんですけど」
話題転換は失敗。
仕方なくのらりくらりと話に乗る素振りをする事にする。
「そうですねぇ…女の子は男親に似るって言うし…。髭熊似の女の子なんて可哀想デショ、俺も紅似の男の子がいいと思いますヨ」
「紅さんは元気ならどっちでもいいって。生まれてきたら沢山アスマさんの話をしてやるんだって言ってました」
そう言うイルカ先生は何処か寂しそうで、こんな時俺はやるせない程の居たたまれなさに包まれる。
半年前、俺はついに我慢が出来なくなってイルカ先生に一大決心で告白した。
『貴方じゃなきゃ駄目なんです』なんて、切羽詰まった陳腐な口説き文句。
半ば泣き落としに近い状態で強引に恋人同士になったものの、イルカ先生が果たして本気で俺と付き合ってくれてるかどうかなんて未だに自信がなかった。
『同僚の結婚式がありました』
『古くからの友人に子供が生まれました』
祝儀貧乏ですよ、なんて笑うイルカ先生
その都度、貴方は本当に俺でいいの、なんて聞きたい衝動に駆られてしまう。
でも、もしそれを聞いてしまったら。
『そうですね。やっぱり俺、子供が欲しいんで、貴方とは終わりにしたいです』
なんて返されるんじゃないかと、不安で不安でたまらなくなる。
聞きたいのに聞けない。
モヤモヤしてチクチクするから、上手く笑顔が返せなくなるから、子供とか結婚の話は早く終わらせてしまいたい。
だってきっと、俺と付き合う前のイルカ先生の人生設計には俺なんか入っていなくて。
可愛いお嫁さんと可愛い子供に囲まれて、アカデミー教師を続けながら家族を養って、35年ローンとか組んじゃって小さな一軒家を建てて…平凡だけど幸せな家庭を作ってるうみのイルカの輝かしい未来。だったと思う。
それが俺なんかに見初められちゃって、ああ、なんて可哀想なイルカ先生。
「…ごめんね、イルカ先生」
「え?なんですか?」
「んーん。何でもなーいよ」
ひとり落ち込んでる俺に、イルカ先生は気付かない。
気付く筈がない、気付かれないように努力してるもの。
「ね、カカシさん」
「なーに?」
「カカシさんは、どっちがいいですか?」
「どっちって何が?」
気持ち良く酔ってるらしいイルカ先生は、話聞いてました!?と酒臭い息で勢い巻いて俺の前に顔を突き出した。
「子供ですよ子供!カカシさんは、男の子と女の子、どっちが欲しいですか?」
グサリ。
ナルトの投げ仕損じたクナイが刺さった時より痛い。
(なんでそんな事聞くの)
俺は貴方が好きって、何回も何十回も何百回も、それこそ本気で怒らせるぐらい伝えたのに。
「……」
「カカシさん?もしかして…子供、嫌いですか」
違う、子供は嫌いじゃない。
嫌いなのは、俺達男同士じゃ決して作れない『子供』の話を嬉々として話す貴方。
そんな貴方を嫌だと思う俺。
「…イルカ先生、あのね」
「俺はねぇ、カカシさん。貴方似の女の子が欲しいれす」
「…はい?」
ぷう、と膨らませていた頬をへにゃんと弛ませて、イルカ先生は幸せそうに目を細める。
「らってねぇ、俺に似たんじゃ可哀想でしょう?せっかくカカシさん男前なのに!」
「あの、イルカ先生?一体何処の子供の話を」
「何処って、俺とカカシさんに決まってるじゃないれすか!」
イルカ先生に襟を掴まれて、ガクガクと揺さぶられる俺。
「聞いてるんれすかカカシしゃん!」
(えー…どうしよう、すごく嬉しい)
イルカ先生はベロベロに酔ってるし、俺も揺さぶられ過ぎて気持ち悪くなってきたけど。
「あの、イルカ先生?誘ってます?…子作り、期待されてるんですかね俺」
はーい!とアカデミー生もびっくりな良いお返事をしたイルカ先生を抱え上げて寝室に駆け込みながら、近い内に五代目火影兼優秀な医療忍である綱手様にどうにかしてもらおう、と考えてしまったのは俺だけの所為じゃない、筈。
end
嫌い嫌い嫌い少し好き
「イルカ先生だーい好き!」
満面の笑みでそう言って俺に飛び付いてきたのは、アカデミーの子供達じゃなくてビンゴブックにも名を連ねる程の有名人・コピー忍者のはたけカカシさん。
上忍だってのに傲り高ぶった部分なんかひとつもなくて、里の中で過ごす時のカカシさんは中忍だとか上忍だとかそんなのを抜きにして俺に接してくれる、俺の大事な大事なひと。
「ちょっとカカシさ…!」
気を抜いてた所に飛びかかられて、大人ひとり分の体重を受け止める準備なんか精神的にも肉体的にも出来てなかった俺は、カカシさんをくっつけたままバランスを崩して川沿いの土手をゴロゴロと転がり落ちてしまった。
べしょりという音と、尻を濡らすじんわり冷たい感触に思わず眉間に皺が寄る。
アカデミーの就業帰り、夕立を見送って、やれやれ濡れずに済んだと胸をなで下ろして帰宅の途中だったのに。
「何してくれてんですか!」
「ごめーんね。イルカ先生見つけたら嬉しくなっちゃって」
全く悪びれずに笑うカカシさんは、本当に、何がそんなに嬉しいのか解らないけれど俺を見てニコニコと笑っている。
「イルカ先生大好き」
「俺は嫌いです」
せめてもの意趣返し。
意地悪くそっぽを向いてそう言うと、カカシさんはシュンとうなだれて俺の手を引いて身体を起こしてくれた。
「…イルカ先生?怒っちゃいました?」
「そりゃ怒りますよ。せっかく夕立が逃げていって、濡れずに済んだってのに…」
「ごめんなさい。でも、怒った顔のイルカ先生も大好きです」
「俺は悪戯するカカシさんは嫌いです。子供じゃないんだから、馬鹿な真似は止めて下さい」
とりあえずお互いにくっついた泥や草を払って、静かになったカカシさんを見上げると、お小言を食らったというのにニコニコと笑っていた。
「悪戯じゃない、愛情表現ですよ。でも、そうやって俺の事きちんと怒ってくれるイルカ先生も大好き」
「…俺は、そういう事言うカカシさん嫌いです」
だって、本当に、どれだけ好きだと言われても、俺なんかの何処がいいのかさっぱり解らない。
俺は普通の男で、うだつの上がらない万年中忍で内勤で取り柄なんてひとっつもなくて。
比べれば比べる程、俺なんか不釣り合い過ぎて泣けてくる。
「……」
「イルカせんせ?」
「嫌いです。貴方といると惨めに思う自分が一番嫌い。なんで俺なんかに好きって言うんですか」
カカシさんはがしがしと頭を掻いて、俯いた俺の頬を両手でぱしんと挟んだ。
「俺もそんな事言うイルカ先生は嫌いです。なんでそんな事言うの、俺の好きなイルカ先生が自分の事を嫌いだなんて言わないで?貴方を好きな俺が惨めじゃない」
カカシさんの目も声も怖いぐらい真剣で、じわっと涙が滲む。
「すみません…」
「ん。でもそんな風に色々考えて悩んじゃうイルカ先生も好きですけどね」
「…カカシさんって、悪趣味ですよね」
「アレ?今頃気付きました?」
「でも、そんな悪趣味なカカシさんが好きな俺も大概悪趣味ですから」
酷いなぁと笑うカカシさんと手を繋いで、畦道を歩き出す。
帰ったら洗濯して風呂に入って、それから一緒に夕飯を食べよう。
カカシさんが俺なんかの何処が好きかは未だに解らない。
でも、俺を好きだと言うこの人を選んで受け入れた、そんな自分は少しだけ好きだと思う。
end
真似っこ
単身者用の中忍アパートは安普請で、人が通るとミシミシ音がする。
忍なんて職業柄、人の気配には敏感なので、足音がなくても誰が帰ってきてるのなんか丸分かり。
こういう時、忍やってて良かったなぁなんて思う俺は最近『里ボケ』してきてるんじゃないかと上忍仲間に言われた。
「おかえりなさい、イルカ先生」
「うわ!えっ!?た、ただいま…です、カカシさん」
ドアノブに手が掛かった瞬間に扉を開いて『おかえりなさい』と最愛の恋人を迎え入れる。
言い慣れてないイルカ先生の『ただいま』を聞くのはまだ片手で足りる程。
恋人と呼べる間柄になって半年余り、外回りの自分と内勤の彼ではなかなかこうして顔を合わせる事は少ない。
付き合い始めてすぐに強請ったイルカ先生の家の合い鍵を使った数と、イルカ先生の言う『おかえりなさい』と俺の言う『ただいま』の回数は同じぐらいだと思う(その逆は片手じゃ足りないぐらいだけど)
里ボケ上等、好きな人を『おかえりなさい』と迎えられるのがこんなに幸せだなんて、思ってもみなかった。
「イルカ先生、夕飯まだですよね?一応準備はしておいたんですけど」
「ありがとうございます。あぁ、でも、先に風呂入ってもいいですか?今日実技演習で汗かいちゃって」
「風呂も沸いてます。支度しときますんでごゆっくりどーうぞ」
至れり尽くせりだと笑うイルカ先生の荷物を受け取って、狭い台所へと向かう。
味噌汁を温め直して、魚を火にかけて。
バサバサとベストの埃を払うイルカ先生をちらりと横目で見た。
中忍アパートの良いとこは、脱衣所なんかつく程広い間取りではなくて、風呂に入る為には玄関を上がってすぐ横の、台所の板間で服を脱がなければいけないところ。
イルカ先生は結わえていた髪を解いて、上着に手を掛ける。
後少し、もうちょい、
「……カカシさん」
「はいはい」
「…何見てるんですか」
「何って、イルカ先生ですが」
「…魚焦げますよ」
「魚も見てます。だいじょーぶです」
笑顔で菜箸を振ると、イルカ先生の眉間にギュッと皺が寄った。
頬が赤いのは、不便な間取りから差し込む綺麗な夕焼けの所為だけじゃない。
「…俺、今から風呂入るんですけど」
「はいはい、ごゆっくりどーうぞ?」
「…見ないで下さい」
「いいじゃないですか、減るものじゃないデショ」
「ダメです。減ります」
「でもねぇ…ここ離れたら魚が焦げちゃいますから。初物の秋刀魚ですよ?」
「じゃあ秋刀魚に集中して下さい」
いつまでもやり合っていても仕方ないと思ったのか、渋々服を脱ぎ始めるイルカ先生。
今更照れる事ないのに。
しっかりとした腰に、幾つかの傷のある背中。
ベッドの上でしか見られない裸を、夕日の差し込む台所で見られるってのは、いつもと違った趣があって非常にいいと思う。
「あ、」
「…今度は何ですか」
「ナルトに『おいろけの術』教えたのって、イルカ先生?」
「はぁ…!?そんなワケないじゃないですか!」
「だってねぇ…?」
「…?」
「今すんごい色気出てますもん。俺、イルカ先生の術にハマっちゃったみたい」
「な、何を馬鹿な事言って…」
「というワケで秋刀魚は後回し。一緒に風呂に入りまショ」
ふざけんな、とかエロ上忍、だなんて可愛くない事を言う口は、素早く塞いでしまう。
そのままモゴモゴしていたら、いつの間にかイルカ先生が俺の服に手を掛けていた。
「わ、イルカ先生のエロ中忍」
「…真似しないで下さい」
「俺はコピー忍者ですから」
軽口を叩きながら浴室に雪崩込んだら、熱湯をかけられて危うく大火傷するところ。
それでも追い出しはされなかったから、持てる力の全てを使って身体の隅々まで綺麗にしてあげる事にしました。
そういえばコンロの火、止めたっけ?
end
お世話係
猿飛アスマにとって、うみのイルカという男は可愛い弟のような存在だった。
九尾事件の折に両親を亡くして天涯孤独になってしまった少年。
人前で泣いたりしない、見ている此方が痛くなる程無理な笑顔を作って笑っていたイルカ。
そんなイルカが可哀相で可愛くて、『めんどくせぇ』なんて口にしながらもアスマは時折一緒に遊んだり、忍術の練習に付き合ってやったりした。
弱い自分を隠そうと必死で一生懸命で健気なイルカは、生来面倒見の良いアスマの庇護欲を駆り立てるには充分過ぎる存在だったのだ。
両手で余るぐらいの年月が経ち、互いに成人して各々職務に明け暮れる日々。
久しぶりに会ってもまだ子供扱いするアスマに、
『俺だってもうイイ大人ですよ』
と照れ臭そうに顔を真一文字に走る鼻の傷を掻くイルカの仕草は昔と同じで、
(やっぱりまだまだ俺が見ててやらねぇと)
と、誰に頼まれたワケでもない使命感をじんわり感じていた矢先の事だった。
「アスマ、イルカ先生と仲いいの?」
ある日の上忍待機所。
あまり良いとはいえない噂の絶えない男、上忍仲間のはたけカカシの口から、イルカの名が飛び出した。
「あ?仲いいっつーか…ありゃ弟みたいなもんだ」
ふぅん、あっそ。と、自分から聞いておきながらさして興味なさそうに返したカカシの眼差しに、ほんの一瞬嫌な予感を感じたのは、上忍として幾多の修羅場を生き延びてきたアスマの第六感みたいなもの、だったのかもしれない。
そしてその時、運良くというか悪くというか、件のイルカが依頼書を持って待機所に現れたものだから、アスマはカカシの不穏な眼差しの正体にビビっと気付いてしまったのだ。
「イルカ先生、こんにちは」
「あ、カカシ先生」
アスマさんも。と此方に向かって頭を下げたイルカに『おぅ』と片手で返して、アスマは買ったばかりの煙草の封を開け、それに火をつけながらぼんやりとイルカ達の方を見ていた。
イルカを見るなり待機所のくたびれた椅子から飛び降りたカカシは、さっきまで読んでいたいかがわしい愛読書をいそいそとポーチに仕舞い、平素のだらんとした猫背をピンと伸ばしてイルカと談笑している。
(…何かおかしくねぇか?)
普段のカカシなら、依頼書を持ってきた人間の相手などしない。
『その辺に置いといて』
なんて顔も上げずに言い放ち、何度も読んだであろう成人指定の本に真剣に没頭している筈。
幾ら今の部下達がイルカの元教え子だからと言って、カカシの態度はあまりに彼らしくなかった。
(大体なんだ、あの面は)
カカシの、普段は起きているんだか寝ぼけてるんだか解らないような、何を考えているのか解らないような胡乱な目は、今はキリッと引き締まってイルカを見つめている。
次に声、例えは悪いが伸びた饂飩のようにふにゃふにゃとコシの無い、てろんと伸びるカカシ特有の語尾は消え去り、ハキハキと、むしろちょっと余所行きの低くて甘い声を紡いでいる。
アスマがその声を聞いた事があるのは、今より少し若い、お互い血気盛んな時分に連れ立ってナンパに出掛けた時ぐらいのもの。
挙げ句、依頼書を配り終えて去っていくイルカの背を見つめるカカシの視線は、自分の部下であるいのが、カカシの部下であるサスケを見つめる時のそれと全く同じで。
むしろそれよりよっぽど質の悪い、はっきり言ってしまえば邪念と欲に満ち満ちた熱い眼差しだったのだ。
(おいおい…マジかよ)
別に誰が誰を好きになろうが、アスマには関係ない。
職業柄、職場恋愛や職場結婚も多いし、自分も今現在同僚である紅と付き合っている。
恋愛は当人同士の問題であり、人の恋路を邪魔する奴は…なんて言葉の通り、アスマとしたって馬に蹴られて死んだりはしたくないから、如何にカカシが女関係にだらしなかろうがこれまで口出しした事はなかった。
…が、カカシのお目当てがイルカとなると話は別だ。
イルカは可愛い弟分、カカシに関われば泣かされる、ロクな目に遭わないのは端から解っている。
イルカの泣き顔は苦手だ。
幼い時なら抱え上げてよしよしと背中を撫でてやればそれだけで良かった。
お互いいい歳になってしまえば易々とそんな事は出来ない。
イルカにも大人の男としての矜持があるだろうし、アスマだって恥ずかしいからそんな事はしたくない。
(どうしたもんだかなぁ、めんどくせぇな)
面倒臭いのはイルカが泣きを見る前に悪い虫を排除する、その方法だ。
なにせ、この度の虫は相当に質が悪い。
煙草の火がジリジリとフィルターまで達し、焦げ臭い匂いを放つそれを灰皿に放り投げる。
ジュッと火の消える音がしてのろのろと顔を上げると、アスマの中でめでたく悪い虫に認定されたカカシが目の前に立ってにっこり笑っていた。
end
向こう側の君
『男と女の間には、深くて暗い川がある』
なんて歌があったけど、男と男の間には何があるのでしょうか?
答え:受付所の机。
「お願いします」
「はい、今日も一日お疲れ様でした。確認しますので少々お待ち下さい」
イルカ先生の癒やしの笑顔目当てで、今日も俺は受付所に来ている。
任務報告なんて誰が出しても同じだよねーと思っていたのは遥か昔の事。
今や任務報告は、俺の一日の締めとも言える大事な時間になった。
だって、報告書を出すその時だけは、イルカ先生を独り占め出来るんだから。
イルカ先生と知り合ったのは、ナルト達の上忍師になってから。
九尾を腹に収める里の忌み子を可愛がっているという男の噂は、暗部に在籍している頃から耳にしていた。
口さがない連中は、その男は稚児趣味があるんだとか、両親の仇である狐子を信用させてから命を奪う気なんだとか、いやいや、懐柔してから里を乗っ取る気なんだとか、荒唐無稽な話を好き勝手に言っていたけど。
俺は根も葉もない噂に付き合う程ヒマじゃなかったし、元々人に対する興味が薄かったから、その人の話題が出る度に『みんなヒマなんだな』ぐらいの感想しか持ってなかった。
ちょっとしたゴタゴタがあってナルトがアカデミーを卒業してから三代目に上忍師の話を持ち掛けられた時も、ナルトがミナト先生の子供だという事を差し引いてもそれ程乗り気じゃなかったし。
忍ってのは縦社会だから、興味があろうとなかろうと上の命令は絶対で、何より俺は『里の為』という言葉に弱い。
とりあえず引き受けてはみたものの、ナルトのアカデミーでの素行は聞いていたし、忍として使い物になるか否かは本人の素質次第だと思っていた。
サバイバル演習後、晴れて俺の部下となった三人の子供達。
昔の俺達を思い出させる彼等は、毎日のように課せられる低ランクの任務に文句を垂れながらも、そのひとつひとつに一生懸命で真っ直ぐに取り組んでいて。
ナルトの口から『イルカ先生』の名前が出る度にサスケやサクラの顔がほころんで、場の空気が柔らかくなる。
(どんな人なんだろう?)
次第に、子供達の話に上がる『イルカ先生』に興味を持つようになった。
けれど、初日の顔合わせに遅刻してからなんとなく機会を逃していて、今更挨拶をしに行こうにも何と言っていいかわからない。
しかも任務報告には毎日のように赴いていたのに、『イルカ先生』と会った事は一度もなくて。
尻尾のように結われた黒髪と、顔の中心を真横に走る傷。
温かくて大きな手に、太陽のような笑顔。
優しいけど、怒ると怖い人。
子供達から聞いて俺が想像した『イルカ先生』は、とにかく『大きい人』だった。
身長はアスマぐらい?
顔に傷なんて、身近な人間ではイビキぐらいしか思いつかない。
教育熱心だとも聞いて、一番に浮かんだのは暑苦しいガイの顔で。
アスマ+イビキ+ガイ=イルカ先生。
なんていう恐ろしい図式が浮かんで、会えないなら無理に会う必要はないかも、とまで思い始めた頃。
俺はついに『イルカ先生』に会った。
その日は少しばかり任務に時間が掛かって、里に戻ったのは受付所が閉まるギリギリ前。
慌てて飛び込んだ受付所は閑散としていて、そんな中人の言い争う声が聞こえて自然と身を潜めるようにして報告書の記入に取りかかった。
「だから、如何にアスマさんでもダメです。規則は規則なんで」
「堅ぇ事言うなよイルカ」
『アスマ』に『イルカ』
聞き慣れた名前と、最近一番気になる名前。
さっと報告書を書き終えて、押し問答をしている二人の後ろにつく。
閉館前だからか受付にはひとりしかいなくて、見知った背中の男は受付の男にぶつぶつ文句を言っていた。
「店に戻るのがめんどくせぇんだよ」
「めんどくさいなら最初から領収、分けてもらえば良かったじゃないですか」
「だから、忘れてたんだって。頼む!今回だけ、なっ?俺とお前の仲だろ」
「だーかーら!アスマさんでもダメですって!…むしろ、アスマさんだから余計ダメです」
「どういう意味だよ」
「そういう意味です」
ギスギス険悪、というよりは友達同士がじゃれあってるようなやり取りに割り込むのは気が引けたけど、これじゃ何時まで待っても報告書を出せそうにない。
「あのー…ちょっといい?」
仕方なく声を掛けると、振り向いたアスマは大袈裟に驚いてみせた。
「カカシ、お前からも言ってやってくんねーか?コイツの頭が堅ぇのなんのって」
コイツ、と言ってアスマが親指で指し示した先には、子供のようにむくれた顔をした男がひとり。
高い位置で結わえた黒髪、顔の真ん中を走る真一文字の傷。
その傷がなければ、一度見たぐらいじゃすぐに忘れてしまいそうな程凡庸な顔をしたその男は、俺を見留めると、目を見開いて急に立ち上がった。
「はたけ上忍!あの、ナルト達がいつも…」
言葉が途切れたのは、彼が立ち上がった拍子に椅子が倒れて机の上の筆立てや書類が床に散らばってしまったから。
「あっ!」
「…あらら」
「あーあ…何やってんだお前は」
「クソッ。…ああもう!アスマさんは早く領収切り直してもらってきて下さい!」
咎めるような声を出したアスマを睨んで、その人はワタワタと書類をかき集め始めたらしく、俺の視界から姿を消した。
肩をすくめたアスマは『じゃあな』と俺の肩を叩いて受付所を後にする。
「あのー…」
「すみません!報告書ですよね、すぐ確認しますので!」
机の上から覗き込むようにして声を掛けると、乱雑にまとめた書類を横に避け、慌てて俺の出した報告書に目を通し始めた。
「はい、大丈夫です。お疲れ様でした」
記入漏れや間違いがないかと書類に目を通す真剣な表情から一転、ほっとするような笑顔で労いの言葉をかけるその人に、一瞬で虜になってしまった。
普段なら提出を終えたらすぐに出て行く所だけど、さっきの彼の言葉が気になってしまってどうにも立ち去り難い。
「…さっき、何か言い掛けてませんでした?」
「へ…?…あ、ああ!その…ナルト達がいつもお世話になってます。って言おうとしたんですが…」
書類をファイリングして、そこで漸く一段落したかのように気を抜いていた彼は、俺の言葉に照れ臭そうに笑った。
「うみのイルカです。アカデミーでナルト達を教えてました」
頭を下げられて、此方も軽く会釈する。
(そうか、この人が)
想像していたのと全然違う、とそう変わらない体格で、ころころと表情の変わる人。
「ナルト達、はたけ上忍に迷惑掛けてませんか?」
「いや、まあ、そこそこに」
「やっぱり…あの、すみません」
「色々難しい年頃ですよねぇ…。イルカ先生は、どうやって子供達に言う事聞かせてます?」
「俺は、主に『コレ』で」
そう言って握り拳を作ったイルカ先生は、教師の顔から悪戯っ子のような顔になって笑った。
「あの、呼び捨てで構いませんから…はたけ上忍に『先生』なんて呼ばれると身の置き場がないです」
そう言って今度は、眉を下げてへにゃりと笑う。
(よく笑う人だなぁ)
ただ、その笑顔は愛想笑いなんかじゃなくて、彼の心情をそのまま表したかのような自然なもので、 つられて此方まで笑顔になってしまう。
「そういうワケにもいかないデショ。実際アナタは先生なんだし」
「でも、上忍の方に…」
「いーのいーの。それより、俺の方こそ『はたけ上忍』はやめて欲しいです。慣れなくて肩凝っちゃう」
冗談めかして肩を竦めると、イルカ先生は『それじゃあ…カカシ先生』と照れ臭そうに笑った。
受付所も閉館間近。
彼の事をもっと知りたくて、話をしてみたくて笑顔を見たくて。
夕飯でもどうですか、と誘おうとした俺を遮ったのはアスマだった。
「これで満足か、うみの中忍」
いつの間に戻ってきたのか、勿体ぶって切り直してもらった領収書らしき物をちらつかせて俺の後ろに立っていた。
「これはこれは。お手数おかけ致しました、猿飛上忍」
深々と礼をしてそれを受け取ったイルカ先生は書類をまとめた後顔を上げ、アスマに向かってニヤリとした人の悪い笑みを作る。
「次から気をつけて下さいね?」
「へーへー、せいぜい気をつけますよ」
俺の時とは違う、敬語だけどくだけた声音。
アスマも、普段のやる気なさげな態度は成りを潜め、らしくもない穏やかな笑顔なんか浮かべている。
単なる顔見知りじゃない、古くから付き合いがあるんだとわかる空気に居心地の悪さを感じた。
「…あー…それじゃ、」
「カカシ先生、お疲れ様でした!ナルト達の事、よろしくお願いします」
「なんだ、帰るのかカカシ。暇なら一杯付き合えよ、イルカもどうだ?」
「同じ一杯なら、俺は一楽のラーメンの方がいいです」
「馬っ鹿野郎、ラーメンは最後のシメだろ」
アスマの誘いは嬉しかったけれど、二人の会話に割り込むのは気が引けたし、こんな気分で酒を飲んでも悪酔いしそうだった。
「…や、俺はいいや。また今度ね」
「そうか?じゃあまたな」
お疲れ様でした!というイルカ先生の声を背にして、俺は受付所を後にした。
―…それから、
低ランク任務をこなしつつ、部下達を育成する日々。
報告書の提出に赴いてはイルカ先生のいる列に並ぶけれど、挨拶やナルト達の話以上は出来ずに手を拱いている状態が続いていた。
(俺ってこんなに奥手だったっけ…?)
長い列に並ぶのは急かしているようで嫌だから、そこそこに空くまで暇を潰し、ゆっくりと報告書を出すことにしていた。
今日も夕方の受付所は混みに混んでいて、愛読書であるイチャパラを取り出しベンチに腰を下ろす。
パラパラと捲るけれど、目に映る活字もその内容も全く頭に入ってこない。
これも、いつもの事。
労いの言葉と笑顔を、俺じゃない他の報告者に向けるイルカ先生の様子を盗み見るように伺う。
(なんて言ったらいい?)
アスマみたいに気安く誘える程親しい間柄じゃない。
けれど、大して親しくもない俺が誘ったとしても、イルカ先生は無碍に断るような事はしないだろう。
(俺が、上忍だから)
かといって、上忍としての利権を振りかざすような真似もしたくない。
受付所の机は俺の前に大きく立ちはだかっていて、イルカ先生と俺との間にきっちりと引かれた線のようにも思えた。
(もう、どうすりゃいいのよ)
誰にともなく独りごちると、いつの間にかすっかり閑散とした受付所の中にイルカ先生の声が響いた。
「…カカシ先生?提出ですよね?此方にどうぞ」
「あ…すみません。お願いします」
のっそりと腰を上げて、イルカ先生に報告書を渡す。
いつもと同じように真剣な眼差しで報告書に目を通すイルカ先生の旋毛の辺りを見ながら、口布の中でもぞもぞと唇を動かした。
(うまい言葉が出ないんだよね…)
ただ一言、誘うだけなのに。
書類の束や筆記具の置かれた受付所の机。
ありきたりな物ばかりなのに、まるで剣の山のよう。
写輪眼だとか上忍だとか関係ない。
たったこれだけの線も越えられない、そんな自分がなんとも情けない。
「はい、大丈夫です。今日も一日お疲れ様でした」
「あぁ…はい。…えっと…それじゃ」
「あ、カカシ先生」
「……はい?」
「その…今晩、お暇ですか?」
「…………へ?」
多分俺は、すごく間抜けな声と表情だったに違いない。
イルカ先生は困ったような、それでいて照れ臭そうに笑って頬を掻いた。
「よければ夕飯、ご一緒したいなぁと思って」
ご迷惑ですか?と俺を伺うイルカ先生にぶんぶんと首を横に振る。
受付所の机の向こう、窓の外には眩いばかりの夕陽が輝いていた。
end
バカな子
「あ、すみません」
「こちらこそごめんなさい。大丈夫ですか?」
曲がり角、出会い頭に衝突。
彼の両手に抱えていた書類の束がひらひらと舞って、まるで祝福の花吹雪のよう。
俺の頭の中ではチャペルに吊されてるみたいな金ぴかでおっきな鐘がリンゴーンと鳴り響いていた。
鐘を鳴らすのは最近部下になった、手の掛かる子供達。
ナルトにサスケにサクラ。
みんな親指くらいの大きさで、背中にちっさな羽が生えている。
『カカシ先生おめでとうってばよ!』
『このウスラトンカチ、しっかり鐘鳴らせよ』
『サスケこそしっかり鳴らせってばよ!』
(何よお前達、何ケンカしちゃってんの。人の頭の中で)
『カカシ先生おめでとう!』
ちっさいサクラは抱えた花籠の中身をひらひら撒き散らしている。
赤、ピンク、黄色、白。
色とりどりな花びらが俺の周りをふわふわひらひら舞い落ちる。
(綺麗だねぇ)
『そうでしょう?みんなで摘んできたのよ!カカシ先生の為に!』
(そいつはどーもありがと。…って、何がおめでとうなワケ?)
『やだカカシ先生ったら!恋よ恋!』
(コイ…?)
『サクラちゃん、カカシ先生全然わかってねーみたい』
『仕方ないだろ。所詮カカシだからな』
(何それ、ちょっとヒドくない?)
『まあいいわ、サスケくんにナルト!ガンガン鳴らしちゃって!』
サクラがビシッ!と鐘を指差すと、了解だってばよ!と笑うナルトと、黙って頷いたサスケが再び鐘を鳴らし始めた。
リンゴーン、リンゴーン。
(ああ、染みるねぇ、荘厳だねぇ)
なんて俺のワビサビーな気持ちは、いつもと同じように張り合い始めたナルトとサスケによってぶち壊しになった。
(だって超高速なんだよ。ちょっと五月蝿い、やめてくんない?頭痛いって)
「あの…ホントすみませんでした。大丈夫ですか?」
「…五月蝿い」
「へ?あ、あの、」
すみませんすみません、と頭を下げるたび、高い位置で結わえた彼の黒髪がワッサワサと俺の口布を掠めて、ふんわりとした匂いが鼻腔を擽る。
(わあ、いい匂い。シャンプーじゃないね、お日様の匂いかな?)
『イルカ先生ってば、いっつもいい匂いがするんだってばよ!一番いい匂いは一楽帰りだけどな!』
『ちょっとナルト!静かにしてなさいよ!』
『無理だろ、グズだもんなお前は』
『サスケ…!今日こそ勝負つけてやるってば!』
どたばた、ちっさいナルトとちっさいサスケは取っ組み合いを始めてしまった。
(もう、ホントに何なのお前ら。やめてくんない?)
「あの、カカシ先生?」
「イルカ先生…?」
「は…?はい!…え、なんで名前…」
「ナルト達がね、五月蝿いの」
俺の頭の中でね。
いや、実際五月蝿いんだけど。
「す、すみません」
アレ、何でそんなに縮こまってるの?
「ナルト達が五月蝿くって、頭痛いんですよ俺」
「すみません…ホントごめんなさい…あの、それじゃ俺…失礼します!」
(え、アレ?なんで?)
イルカ先生はパタパタと、まるで逃げるように俺の前から走り去っていってしまった。
「…え?なんで?イルカ先生?」
「ちょっとカカシ!今のはないんじゃない!?」
ぐいっと肩を引かれて振り向くと、キリキリと目をつり上げた紅と呆れ顔のアスマが立っていた。
「今のって、…何が?」
「はあ!?イルカにぶつかっといてボーっと突っ立って…撒き散らした書類拾うの手伝いもしないで。あんなに謝ってるイルカを無視して!…何?上忍風吹かせてるワケ?しまいには『ナルト達が五月蝿い』ですって?アカデミーでの教育がなってないって、遠回しに批判してるの?」
そんなつもりは、断じてない。
「アスマ…」
「アスマ!あなたも何とか言ってやってよ!この勘違いバカに!」
キーキー喚く紅の後ろのアスマは、気怠そうに煙草の煙を吐き出した。
「あー…コイツには俺が説明しとくからよ。お前はイルカのとこ行って来い。多分コイツと同じように思ってんじゃねぇか?アイツ」
(マズい、それは非常にマズい)
まだ何か言いたそうな紅と、心底面倒臭そうなアスマを後にして、俺は全速力で駆け出した。
end