【ドジッ子イルカ先生】カカシさんのフォロー編

 イルカが里外の任務に出ることはごく稀だが、全く無いわけではない。
 里にいる時はこんな役は全部あいつがやってくれていたんだな、と思いながらイワシは火影室の扉をノックした。
「入れ」
 書類の束を小脇に抱えて扉を開けると、綱手は机の上に何枚もの紙を広げて思案気にそれらを見比べていた。
「失礼します」
 近づくにつれて、それは式らしいとわかってきた。
 あれ、この印は……。
「書類はここで宜しいでしょうか」
 机の隅に置くと、綱手は片手で顎を支えたまま、並んでいる紙を一枚手に取り、ぴらぴらと振って見せた。
「お前、これをどう思う?」
「任務に出ているイルカからの式ですか? 失礼」
 それを受け取って目を通すと、その紙にはただ「心」という文字が記されている。
 今回の任務で独自に決められた暗号では無さそうだ。
「何でしょうね、これ」
「その次に来たのがこれだ」
 綱手の細い指が指し示した紙には『も、申し訳ありません!カカシさんと間違えました!!』と書かれている。カカシさんと……?
 「今回のイルカの任務はカカシさんと一緒なんですか?」
 「単独だ。そして次に来たのがこれだ」
 綱手は次にその隣を指した。どうやら机の上にはイルカからの式が時系列に並べられているらしい。
 『カカシさんと間違えたといっても、いつもこんな式をやり取りしている訳じゃないです! ほんのたまにです』
 『たまにというのは、長期任務の時だけです』
 『長期任務の時も毎日じゃないですし、戦闘が長引いている時は送らないように言ってあります』
 『あ、命令してるわけじゃないですよ! お願いしてると言う意味です』
 よほど慌てているのか送る前に推敲すればいいのに、焦るあまり次々に送ったらしい式はフォローというよりは墓穴を掘る勢いで徒に枚数を重ねているようだ。
 イワシは頭の痛くなるような内容に最後まで目を通すと、机の上に並べられている式を数えた。火影専用の大きな机がほぼ占領されている。
「これ今日一日で来たんですか?」
「そうだ」
 火影直通の式はかなりチャクラを使う。こんなに連発して大丈夫だろうか。イワシの表情に綱手はにやりと笑った。
「さっきまで10分おきくらいに来ていたのに、1時間も次が来ない」
 諦めたのか、それとも。
「あいつ、もしかして……」
 言いかけた途端、美しい式が舞い降りてきた。イルカのものとは段違いの出来に思わず見惚れてしまう。綱手はそれを受け取ると中身をあらためた。
「やれやれ。王子様が向かったらしい」
 突き出された紙を見るとそこには流麗な忍び文字でカカシの印と報告が記されていた。
『イルカ先生がチャクラ切れになったとオレの忍犬にヘルプが入りました。これから救出に向かいます』
「あいつ、いつもイルカに忍犬をつけてるな。まあ心配なのは分かるが……」
 綱手のぼやきを聞きながらイワシは机の上を見て溜息をついた。こんなに送られてきているのに、内容のあるものが一つもない。
「ところで、今日の任務報告は受け取ったんですか?」
「まだだ」
「あいつ、本当にアホだな」
「そうか? 可愛いじゃないか」
「綱手様……。それカカシさんと同じ思考ですね」
「あいつと一緒にするな」
 綱手は艶のある唇を嫌そうに歪めながらも、どこか楽しげだ。
「まあカカシが向かったなら大丈夫だろう」
 綱手はイルカからの式をまとめてファイルに綴じ始めた。ふと手元を見ると、その表紙には「どじっ子イルカコレクション」と書かれている。
「何なんですか、それ」
「先代の時から続いているファイルだ。任務の時に必ず何かやらかすから面白くてな」
「もしかして、今回カカシさんが待機なのは……」
「イルカのフォローをさせるために決まってるだろう」
 成程、こういう人種に愛されているんだな、と思うと羨ましいようなそうでないような微妙な気分だ。
「おお、来たな」
 綱手の声に顔を上げると、またカカシからの式が舞い降りてきた。
 カカシさんの式って初めて見たけど、本当にきれいだ。技術的に優れているのは勿論だが、どこか美意識を感じられる造りをしている。
 『イルカ先生を救出しました。今日の任務報告を代わりに送ります。里には二日後に戻ります。後でオレにも見せて下さいね』
 綱手は読み上げて喉の奥でくくっと笑った。
「何で戻るのが二日後なんですか?」
「イルカの任地の近くに温泉があるからな。そこで兵糧丸でも食べさせて休ませて、明日はお楽しみってところだろう」
「それって、カカシさんも一枚噛んでるってことですか?」
「あいつは勘がいいからな……」
 綱手は眉をひそめた。明言はしていないが、気付かれて暗に見返りを要求されているといったところらしい。
「そこまでして……」
「ちょっと上から、な」
 黒幕はイルカを孫のように可愛がっている長老たちのようだ。綱手の事だから何かと政治に口を出してこないように目を逸らす目的もあるかもしれない。何れにせよ、自分には関係の無い事だ。
「そう言えば、最初の文字って何だったんでしょうね」
「カカシとの暗号だぞ。知りたいか?」
「すいません、知りたく無いです……」

 綱手の前ではそう答えたイワシだったが、誘惑に負けて聞いてしまい、頬を染めたイルカからここだけの話だぞ、とそれから一時間近くもノロケを聞かされる羽目になったのだった。


 

(了)